白か黒か。完ぺきな答え、「正しい」答えを出したくて、頭が心を追い詰める。これが、完ぺき主義の心の癖。
そういえば、覚悟ができない。と、気もちがうだうだになったのも、記憶に新しい。これも、謎な具合に完璧主義を発動したから。
「~ねばならない」にとりつかれて、自分を見失うところだった。完ぺき主義を、わたしの内でふりかざしていた。自分の思考で自分の心や気持ちを追い詰めて、ぐるぐるしていた(ことに、気づいた)。
この考え。自分の内側にあった声と向き合ってみたら、ちょっとおかしいと気づく。
カウンセリングだけ「しかやらない」というのは、少し変だ。カウンセリングや心のことを知るたのしみ、それ以外にも、たのしいと思えることがある。
カウンセリングをしているときは、カウンセリングがたのしい。それだけでいいと思う。
調べものをして書いているときは、もっと知りたいし書きたい。と思う。
旅の記録をおこしているときは、次はどこに行こうか考えている。
寝て起きた時は、おふとんが気持ちいいから起きたくないし。
おいしいもの食べるときは、どうやって自宅で味を再現するか考えてもいる。
わたしの内側に、たくさんの「やりたい」が詰まっていて。そのうちのひとつがカウンセリングだ。カウンセリングをしているときは、それをやりたくてやっている。
効率とか、計画性とか。おいといて。自分が「やりたい」とおもった気持ちを大事にしよう。それだけで、よくはないか?
しかも、「決意しなきゃならない」なんて、誰も言ってない(自分しか言ってない)。時間をつくるには、何かをやめないとつくれない、というだけのこと。あらためて、決意とか。難しく考えなくていい。
それなのに、自分で、また追い込んでしまっていた。「カウンセラーとは、清廉潔白で。正しくて。揺らぎのない人」という概念に、自分を押し込むところだった。
もしも。清廉潔白で、正しくて、揺らぎのない人が「カウンセラー」なのだとしたら。そうできないわたしは、ひどい「カウンセラー」だ。わたしが目指すカウンセラー像は「 清廉潔白で。正しくて。揺らぎのない人 」ではない。
あなたの中にあるものを、あなた自身で確認するときに。第3の目とか感覚器官のように、こそっとサポートする人。おはなししてくれることで、ふっと力が抜け安心を取り戻せること。選択肢を増やすお手伝いができること……これが、わたしが目指しているカウンセラー像だ。
そうなれるように、これからも、心のこと、カウンセリングのことを、わたしは学び続ける。心の在り方や自分ののりこなし術として、自分での実験観察も続けていくだろう。その最新成果は、自分だけでなく周りの人とも、分け合ってゆきたい。自分が悩みにはまってきたこと。それらは人生のネタとして、自分の中で生きているから。違う視点(わたしの視点)から、その人らしさを再確認するサポートはできるだろう。
そんなネタやら、実験観察の成果やら。使えるものは見せながら。ご相談いただいたとき、今日の私の最善bestで、お返事を書いてまいります。
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人に会って、笑顔が戻る瞬間をたくさん感じたい。会いに来てもらえた人と、わたしのままで向き合ってみる。お話をきいていこう。
身体に入っていた力が抜けるといいな。お話をしてくれた人が、自分で自分の選択を信じていけるようすを、みていられるといいな。笑顔が戻る瞬間に立ち会えたら、最高。立ち会えなくても、最高。
今も、そう思っています。そして、こんなわたしにご相談していただけること、とてもありがたく思っています。
ありがとうございます。これからも、よろしくおねがいします。
(……この記事。ご感想をくださったCさん、Yさん、Kさんへのお返事になっていたら、幸いです。ご心配やご意見、ご感想をくださり、ありがとうございました。)
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