カウンセラー洋子のプロフィール

なんだか安心する。自分のままでいいんだ。なんでもありだね。そんなカウンセリングをめざしています

「世間体」「当たり前」「普通」などに、ずっと生きづらさや居心地の悪さを感じて過ごした。その反動からか、婚約破棄、不倫・離婚・再婚、うつ等からの復活など、人生、ネタにまみれています。

もしも、あなたが今。生きづらくてもタブーがあっても。少数派になりがちでも。それでも、 あなたが幸せになる姿を信じています。

それは、わたしが自分であることをたのしんで生きられるようになったから。 ネタまみれな人生だけど、今は自由で自分らしく、たのしんで生きています。

自己紹介

自分であることを取り戻し、私はかなり情熱的だと気づいた。だから、生き様もドラマチックだったようです。婚約破棄3度、結婚・離婚、不倫。DV。婚活、再婚。不妊治療、流産と何がなんやら。その経験もあってか、タブーもはなしづらさも、まるっと飲み込む聞き手です。

初めてカウンセリングに触れたのは

高校生の頃。親が不在の子どもたちの施設で、何人もの「弟妹たち」と遊んだ時。精神科の先生が、高校生以下を対象にしていたカウンセリングをうけたのがはじまり。まだ、このときは自分が勉強しようとは思っていなかった。

カウンセリングを勉強しはじめるまでのこと

「普通」にあこがれた

父を4歳で亡くし、母と妹と3人暮らし。「母子家庭らしく暮らさねば」の教えを受けて、周りの評価をすごく気にして育つ。テレビドラマや近所の友人の家のような、「普通」の家庭にあこがれる。

小学校に入り、授業を普通に受けられない(席を動き回る、人の話が聞けない)ことがわかる。退屈でじっとできない私のためにと、ある先生によって、教室内で他の人を邪魔せず座っていられるなら、ひとり違うことをしてもいいというルールが作られる。

小学4年生でいじめがはじまる、空気になった。自分の考えを話すと浮いてしまうから、周りにあわせて話を作ることを覚える。作らずに、自分のままで普通になりたかった。

余分にエネルギーを使い続ける感じで、とにかく、生きづらかった。居場所がないと感じ、本当の居場所を探し続けていた。

心の病気にかかっていた

環境調査系の会社員だった頃、天職とまで思っていた仕事のはずなのに、ハードワークからの身体強制停止。自律神経がすっかり乱れ、過食症/拒食症、不眠、パニックなどの症状出る。うつ病を理由に休職(のち同じ職場へ復職、数年後転職)。

うつ病経験は20歳代後半より10数年(うち1年ほどの入院)。治療中に 双極性障害で解離性障害をもつ と判明するも、うつ病とともに現在は回復(3年前に 寛解.かんかい)。

うつ病回復プログラムのなかで、いくつもの心理療法、コーチングをうけ、その後、独学で習得。
瞑想(阿字観、動的瞑想、ヨガなど) にはまったのも、この頃から。

30代半ばになって「発達障害をもち、ADHDでHSPな性質である」と診断される。発達障害についてのブームもあり、対処法を知って生きづらさがやや減る。

「結婚」になじめなかった

結婚制度に苦しむ。どうにも、なじめない。「女性」である自分を憎んでいるくせに、子どもを産みたい。家制度の古くのこる家で悩んだ。家族の形にも懐疑的。

1度目の結婚は20歳代終わりのころ。30歳になった頃、離婚。
離婚後数年たったので、自分もパートナーが欲しい。それなのに、刹那的な生き方をしてしまう。その理由が、心の癖だと知った。

そして、カウンセリングを学び始める

自分で自分を癒し、心の癖を立て直すためにカウンセリングを受け、心理学を学び始める

2010年 カウンセラーとしてトレーニング開始(無料カウンセリング提供)。
(2011年 病気悪化により、いったん休止)
2013年 会社員のかたわらでこっそり、カードや占星術による占いの提供開始。
2016年 カウンセラーときどき占い師の活動開始(会社を卒業)。
(2018年 燃え尽きて、いったんお休み)

2019年秋。カウンセラーとして腰を据えて活動しようと、カウンセラー根本裕幸師匠の弟子になりました(お弟子さん制度2期生)。

2020年 直感的カウンセラーとして活動再開。

カウンセリング・コーチング提供経験はおよそ7年(350件ほど)、カード占いと霊視セッションは4年でおよそ70件を経験。

問題だと思ってたら、ネタだった。

「結婚制度」を疑っています。複数恋愛派だけれど「ふたりだけの」オリジナルな形でパートナーシップを築いていきたい。現在、ご縁あって2度目の結婚継続中(子どもなし)。レスからの復活目指して、実験中。不倫する/される、離婚、DV、婚活、再婚。不妊治療、流産の経験あり。

「周り」とか、「普通」「当たり前」が苦手です。その言葉に、親からのコントロールのにおいを嗅ぎつけています。過干渉なのに無関心な親(俗にいう毒親)育ち。4歳の頃に父と死別したからか、それ以降、母の夫役であり家長でした。ようやく、その支配を抜け出しつつあるところ。

これらの経験、わたしにとっては全てネタ。

ネタまみれの人生から学んだ自分らしい自由な生き方から、あなたの「幸せ物語」を信じて応援します。

自分らしく、あれますように

>>>カウンセラーとしてご提供できること

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