幼いころにはとても豊かだった感情を、大人になって無くしていた期間が長かった。そのせいなのか、感情を感じることや感情を名付けることに強い思いを持っている。
自分の内にある感情は、どこか遠くにあって。か細いラインを通って、自分の手元まで届けられてくる。そのかすかな信号をもとに、自分の感情を探る。幼いころには脳や身体の回路が焼ききれそうなほど強烈な信号が発せられていたというのに、今はかすかな信号でしかない。しかも、その感情の信号は、毎日ある程度安定したものにはならない。体調なのか天候なのか出来事なのか、私にはわからない何かをきっかけに、ぐんと信号の強さが変わる。はじめは1000単位で発せられてたものが、突然に.001単位になってしまったり、またその逆だったり。その信号量の落差に、頭や身体がなかなかついてこない。ドラマチックな暮らしの中にいつもあったはずの感情は、今、どこに行ったんだろう。
それでも、感情を少しずつ思い出して、日常のなかに感情を取り戻せるようになってきた。だいぶん感情を探るにも慣れてきたかな、と思っていた2018年の冬。感情を持たない少女が愛を知るまでの物語に出会った。 2018年の冬期アニメで出会った「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」だ。同名の小説を原作に持つアニメ。
感情を知らない少女が、戦場でわかれた大切な人の思いを知りたくて、誰かの思いを届けるしごと(手紙の代筆業)をしながら、感情を追いかけていく物語。 それはわたしにとって回復の物語だった。自分も人と交じるうちに、より感情そのものに近づけるのではと思える希望の物語だった。
人の気持ちがわからない境遇の少女が、仕事を通じ人と出会いながら、少しずつ感情を理解していくお話。恋物語としても、切なくてあったかくて不器用なふたりのお話。毎週のアニメを泣きながら見てたのしんだ。最終話の13話まで放送が終わった時、映画化の知らせを見て喜んだ。原作となった本を悩みに悩んだ末に購入して、自宅でひとり泣きながら読んだ。感情がわからないと人の中でとまどう少女のようすが、感情を無くしたように思っていたころの自分と重なる部分があるように思え、少しずつ感情を理解し始めていく少女の姿に泣いた。
映画が公開されることを楽しみに、時折、本を取り出して繰り返して読んだ。繰り返し、やっぱり泣いた。
ようやく、楽しみにしていた映画が公開されたので映画館に足を運んだ。自宅でアニメを見た時も本を読んだ時も、あれほど泣いたのだからと手ぬぐい持参。これで、どれだけ泣いても大丈夫。
水彩画が動いているような、透明な空気を感じる背景。草や木、花がやわらかく美しい。そして、劇場の画面で再会した少女ヴァイオレットも、今回の登場人物たちもみな、不器用でやさしく、懸命だった。
映画を見ていた私は、やっぱりたびたび泣いた。ハンカチではなく、手ぬぐいを持って行ってよかった。
なんでもない風景に重なる声を聞いて、じんわりと涙して。
お互いを思っている不器用なふたりの姿に泣いて。
原作の本ではっきりとは書かれなかったストーリーに、また泣いて。
気づいたらあっという間に映画が終わった。終わった直後の感覚をなんとか残したくて、めずらしくツイートしてみた。
感情って自分が思うほどあからさまではないのかもしれない。手を差し出し続ける。あきらめない。が印象的だった。
— 田村洋子 (@yoko_vivere) September 11, 2019
風景と感情と。きれいだったな。 pic.twitter.com/egXiJwOQi6
本当に、美しい風景だった。季節も時刻も、風景の中で移り変わっていく。場面が切り替わるように、ぐるりとかっちり移り変わるのではなく、ぬるりとじんわりと滑らかに移り変わっていく。
じんわりと変わる風景を見て、感情もあんな風に理解されるのかもしれないと思った。強い信号がばちばちと切り替わるように感じられるものではなく、もっと幽かでみえづらいもの。それでも、長い目で見たら変わっていったとわかる。
感情が感じづらいのは、みな、同じかもしれない。今のわたしは、自分が思うよりは感情を自覚できていたのかもしれない。感情は思っていたよりドラマチックに激しいものではないのかもしれない。
感情を感じづらいから、正しい感情の在り方をみつけようとしてきた。「感情についての正しいふるまい」とでも題した辞書をもとに作られた感情カードを、場面に応じて出し入れして、顔の表情や自分のふるまいを周囲に合わせようと思っていた。もう、そんなことはやらなくていいのか。
考えすぎる人も感情を感じづらくなると教わったことがある。私も考えすぎてただけなのかな、そうだといいな。すでに感情を普通に(病的ではなく)感じられるようになっているのかな。
人を受け入れたいし、人に受け入れられたい。人に交じりたい。わたしにとって、かなり大きめな望み。いつも、途中であきらめて、一人に戻ってきた。今度は、あきらめたくないな。手を伸ばし続ければ、きっと、届くものがある。私もあきらめない。やってみよう。
感情への思い込みが抜けて、またひとつ。自由になった。
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