離婚がきっかけだった。自分軸の大切さの学びはじめ

理想を持つのはいいことだと言われるけれど、他人基準でできた理想は続かないし、無理になる。

15年前にした離婚は「結婚したのだから、奥さんらしいことをちゃんとしたかった(けど、わたしには無理。できない)」という自滅に近かったのではなかろうか。

前回の記事を書きながらそんなことを思ったので、この記事ができました。

「自分」が消え「もう無理」だったので、離婚しました

理想の奥さん像、理想の夫婦とは。
そのことを具体的に考えるのは結婚する間際だったり、結婚してからかもしれない。

けれども、小さいころから結婚するまでに自分の身近にいた人たちを見て、ものがたりの中に出てくる夫婦や家族の形を見て。意識の上ではぼんやりと、でも心の奥にはくっきりと。理想とする奥さん像や夫婦の形が出来上がっているように思う。

自分がどうしたいか、よりも「こうあるべき」な結婚の形や夫婦のルール。理想の奥さん像。
その、理想とした結婚の形にはまりこめない自分。

理想とした奥さん像のようにふるまえない自分のことが、どんどん嫌いになって。理想を追ううちに自分の形がわからなくなって疲れ果てた。

自滅。
それが、たぶん。今になって思う、わたしが離婚した理由。

仕事をしながら夫婦であるには自分はいらない(謎ルール)

笑っていられる家庭をもちたい。安心して眠り、一緒にお話のできる家族をもちたい。家族になりたい。
でも、仕事は続けたい。お客様に安心していただける技術者になりたい。インスピレーションを現場に与えられる技術者でありたい。

そんな思いをもって結婚した当時は、20歳代も終わる頃。

夫が望んでいたような理想の夫婦になるために、もっと家のことをやらなきゃいけない。夫の望みをかなえなければならない。

仕事もやりたいわたしを許してもらえたのだから、じぶんの意見は飲み込まなきゃ。

それらは、そうしてほしいと誰かに言われたわけではなくできあがった謎ルール。
謎ルールを守るためなら、自分はいらない。少しずつルールの枠へ自分の形を押し込めていった。

相談したり頼ったりをできてなかった

夫に相談したり頼ったり、したつもりだった。ことばや日々の暮らしでのやり方の食い違いが始まった。夫に何か教えてもらうたびに、やり方を押し付けられているように感じ、わたしは家が息苦しくなっていった。

当時の夫は、夫なりのやり方でわたしの負担を軽くしようとしてくれた。わたしが出張から帰る日に合わせて、洗濯や食事をなんとかできるように義母を自宅までよんでくれた。

働きに出ていて家のことができない嫁、と自分のことを義母さんから責められる気がして(実際、口にして責められたことはない)、家に帰りづらくなっていった。

せっかく、義母さんが手伝いに来てくれたのだから。おまかせしちゃえ。
そう思えるわたしならよかった。

夫や義母に感じたこと(家が息苦しい、家に帰りづらい)を、わたしは伝えようとしなかった。黙り込んだ。

そんな状態だから、家のことをするにも、つらさばかりがますます前に出てくるようになる。

じぶんは悪くない。
(だって、こんなに我慢してるし。こんなに頑張ってるのに)
そう思いたかった分だけ、夫を責める気持ちが膨らんだ。

そんな自分が嫌になり、ますます仕事に逃げた。

夫にも勝手な理想を要求し、勝手にがっかり

理想の奥さん像をこれだけ、わたしが追及して頑張ってあげてるのだから。あなたも理想の夫になってね。

無言の圧力を夫にかけるようになった。
相談しようと夫に口を開いても、文句ばかりになってしまう。

結婚しようと思ったくらいだから、夫に文句を言いたかったわけではない。夫にもいいところ、やさしいところがある。夫を見て嬉しくなる瞬間もたくさんあったはずだ。
それなのに嬉しかったことに目を向けられなくなった。少しずつ、負のループが始まっていった。

ふたりで過ごすのは息苦しいだけになり、別居。
どうしてよいのか、歩み寄る方法もわからなくなり、離婚(結婚は3年続かなかった)。

あのときは「自分」が消えていた

当時のわたしは。世間的にしあわせとみえる結婚のかたちや世間一般に言うような妻の像になじもうとしていた。

「世間的にしあわせ」で「世間一般にいう妻」の像(理想)は、自分の意志で発生してできたものではないから、なじもうとしてもなじめない。

なじめない自分に嫌気がさした。そして、どんどん苦しくなっていった。

でも、自分が悪いと思いたくない。
夫が悪いからしあわせな結婚になれないのだ、と夫への不満だらけになったのだと思う。

こころのこと、自分のことを心理学やカウンセラースクールでの勉強や実践をとおして知っていくにつれ、少しずつ、当時のことが見えてきた。自分の考え方の癖や行動の様子も、客観的にみえる部分が出はじめた。

わたしは「理想の姿にじぶんをあてはめたい」傾向にある

「理想の姿にじぶんをあてはめたい」と思う傾向が、わたしは強い。癖だといってもいいくらいだ。

「世間から見てよいと思われる」理想や正しい姿でありたい癖。
これは結婚だけでなく、仕事でも、友人関係でも、親子関係でも。ありとあらゆる人とのかかわりの中で発動する。今もまだ、その癖はいろいろな場面で顔を出す。

理想や正しさ。その中に自分がいない。自分の本心や自分の感情は横に置いて、「世間から見てよいと思われる」理想や正しさを頭(思考)で選ぼうとする。

どこにも自分基準がない。
自分の本心や自分の感情がわからなくなる。自分をみつけられずに苦しんだ。
(解離をおこしていた結果だったのだが、それはまた。別のお話で)

自分と出会いなおして、二度目の結婚

じぶんの傾向を知ったうえで、自分がどうしたいのか。自分が何を思っているのか。
少しずつ、みつけだしていった。

再会したような感覚の自分もあれば、新発見に思える自分にあうこともある。
いろいろな自分と出会いなおしている。

自分がわからなくなるときは「まだ、わからないんだ。でも、きっと。わかるようになる」
言い聞かせながら、自分をいまも探している。

自分と出会いなおすように、自分を探し出す。じぶん探究を繰り返す。

じぶん探究を繰り返すうちに、二度目の結婚の機会がやって来て結婚した。結婚に自信がないので、更新制をとりいれてもらった。

自分の軸をもつから、夫婦の形を探っていける

自分であること。
じぶんのやり方や考えをまず持つこと。

そして、夫婦を続けると決め、それぞれにできるやり方のままで続けられる夫婦の形を探る、考える。

わたしがわたしなりの妻にしかなれないように、パートナーもパートナーなりの夫にしかなれない。
だから、できあがる夫婦の形はふたりの形。自分の軸をそれぞれに持ったうえで、ふたりでいようとする形。

そう理解できたおかげで、じぶんのことを探究するように、夫婦の形を今も探している。
そのおかげで、今があると感じている。(パートナーがかなり根気強く向き合おうとしてくれるのが大きい)

2019年の今、夫婦は続いています
自分でびっくり。9年目になりました。
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