自然が好きなのは、自分を生きている感覚を思い出すから

自然が好きだな、と思っている。毎年、同じように季節はやってくるのに、毎回違って感じられるところもいい。その違いある季節が変わっていく中で、生きてるなと感じてみるのが好き。

春が来て、花見だ。新緑がきれいだ。山へ行きたいと思い。
夏が来て、蛍だ。水遊びだ。山の影で涼みたいと思い。
秋が来て、モミジだ。星見だ。山の収穫祭だと思い。
冬が来て、祀りの季節だ。新年の用意だ。山の祀りだと思う。

その季節の移り変わりのなかに、人としての自分も存在している。毎年、同じで代わり映えしないように思いながらも、確実にどこか何かが変わってきていることを、おもしろがって見ている。

街の中に暮らしている日常でも、それと意識をしていないまま。人は自然の一部であるとして暮らしているように、わたしは感じている。

わかりやすいのは「旬の食べ物」ではなかろうか。

春が来たら、春のもの。
ふきのとう、わらび、ヨモギの新芽、たけのこなどなどを食べる。

夏が来たら、夏のものを食べている。
今の頃なら、桃やぶどう。なすをくたくたに炊いたもの。ピーマン、トウモロコシなどなど。

秋は秋で、実りを食べ。冬は冬のものを食べる。
季節に合わせて、食べ物を食べていく。

食べものだけでなく、暮らし方も季節にあわせる。気温にあわせて服装や過ごし方を変えて、暮らしていく。そうすることで、人の身体も自然界の一部であることを思い出しているように思う。

季節の果物で身体から心も整えていく

自然界の一部であると思い出すと、身体の感覚の揺れも、心の揺れも。自然界の揺れのなかに在るんだなと理解できる。周りの環境にあわせて、揺れ動いている自分も落ち着いてみていける(ように思う)。

自分自身の迷いもたのしさも。自分が出会うものの全てを、ものがたりを読むようにおもしろがりながら過ごせるように感じている。

だからといって、悟り切っているわけでもない。苦しいことや嫌なことを見つけることもあるし、「うまくやれない」自分にいら立つこともあるけれど。
それでも。周りのものをみて、声を聴いて、自分の内にある言葉をもう一度みつけ直したと思えたら、しんどい気持ちの部分から、ぽこんと浮かび上がるように戻ってくる。

そうやって、気分も落ち着き。改めて振り返った時に、しんどいと感じていた時間は自分の「冬」だったのかと、おもしろく感じる。

自然界の一部であれば、じぶんの身体や心の中に季節があっても不思議ではない。

芽吹きを迎える「春」があり、勢い良く伸びていく「夏」が来て、実りを収穫する「秋」になる。そして、鎮まり次の準備をする「冬」。

冬があるから、春が来る。
いつもくるくると揺れ動いているから、何が来てもよろこび「過ぎ」ない、落ち込み「過ぎ」ない。その時々を、そうなんだねとおもしろがっていくうちに、おもしろく過ごせていたことに気づく。

考えすぎて、思いつめすぎて。身動きが取れないような息苦しさにつかまることもあるけれど。
息苦しくなってきたときは「しんどいんだ!」と叫んでみたり、しんどいんだよ息苦しいんだよとつぶやいてみたり。して。

この先の自分はどんな感覚の中で過ごしたいか思い浮かべてから、しんどさの理由を考えるか考えないかを決めて。

理由を知った方がよさそうだと感じたら、しっかり考えて。選び直して。
理由を知らなくてもいけると感じたら、笑顔ではなうたがこぼれるように過ごせる方を向きなおして。
その時からできる「ささいなこと」をやっていくうちに、自分軸が取り戻されていく。

いつも、その時の自分の感覚を、自分で知って。その時々に言葉を使って自分を思い出して、そのままの自分で過ごしていく。自然(じねん)※に過ごす。

※自然(じねん):自ずとそうなっていること。何かに囚われることがなく、そのままにそのものが存在している。人も自然界の構成物のひとつであるといった考え。仏教用語。

木々の緑や風の匂い、空の高さ、雲の動き。雨の音。季節の食べもの。
そんな自然界のものに触れることで、身体の中から思い出せるものがある。

人、そのままで、そこに居る自分。自分も世界の中のひとつで。世界の一部になっていて。だから、周りにいる人も、自分も、その世界の中で別の存在として同じように世界を作っている。

だからなのか。自然界の景色を美しいなと感じられた時に、ほっとする。見える景色を美しく感じていく心を持つ、ゆとりを自分に許せているのだなと安心できる。

どうやるのが自分らしい?
どうすごしているのが、自分っぽい?

周りがなんといおうと、自分はこう感じているよ。
自分はこれでいいよ。大丈夫だよ。

そんな風に、自分で自分を受け止めている感じを、自然界に触れると思い出せるように思う。

自分で自分を受け止めていることに自信を持てるから、わたしは自然を好きなのかもしれない。

……と、お盆に法要ききながら思い出したのでした。
それではまたね。
お告げ師でカウンセラー 田村洋子でした。

▼自信が持てたら、より自由に生きて行けるようにも思う


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