まだまだ足りない。という気持ちも、それでいい

ゆうべは「十三夜だから」と空を見あげて後の月見をし、今日の夜には「もうじき満月ね」と月を見る。じわじわと気づかぬ程度に、ささやかに満ちつつある月。明日の夜は満月、まんまるな月にあえるのをたのしみにしている。

徒然草のなかで吉田兼好は『花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは』と記した。「満開の花、雲ひとつない空に見える月、それのみを見るものではなく。それ以外の花や月も素敵だね」みたいな意味のことばで、「足りない」と思われるときも、その時々の「今」を愛でていきたいという気持ちを持ってある。

いつか、花が満開になると、わたし達は知っている。花が咲くまで(咲き終えても)、その移り変わりをたのしめる。
いつの月も、その時々に美しいとわたし達は知っている。今の夜空はどんな風かなと、見上げて待つ心でたのしんでいる。

半分の月、ちんまり

移り変わる季節や木々の成長、花が開くこと、空を見あげること。その過程を人は楽しみに待てるのに。どうして、自分が、自分の夢のかたちに届いていないこと、「足りない」ことに我慢ならなくなるんだろう。

人は、それぞれに目標や夢を持っている。なりたい姿を自分で知っている。たとえ、そのことを自分自身で言葉にできないとしても、ぼんやりとした感覚をこころの根っこに置いて、元ある魂の形で今を生きようと動いている

自分ががっかりするのは、今の自分が、夢をかなえている自分やなりたい姿と比べて「足りない」と感じるからだ。意気消沈して頑張ってると思っていた分だけ、「足りない」じぶんを手ひどく扱う。

まだまだ、足りない。
これでは、うまくない。
これじゃ、だめだ。

手ひどくじぶんを扱っている時には、今のじぶんのよさが見えない/見えづらい。
……でもね?

満月じゃなくたって、十三夜の月もきれいだよ。
満開の花でなくても、花はあるだけで美しいよ。
そして、月や花が変わっていく姿は、その時々の目をたのしませてくれる。みているだけで美しい。

だから、夢に向けて手を伸ばしている自分(夢をかなえようとしている今の自分)も。何かになろうとしている足りない自分も。変わりたいと願って動き始めてる自分も。
みんな、どれもどのときも素敵だよ。

今の自分もいいんじゃない?

もうじき、まんまる。満月になる。
満月前夜

自分の描く夢のかたちに近い人を見て、うらやましく、悔しく思ってる自分も、それでいい。
だって、これから自分は満ちていくのだから。

自分がうらやましく、悔しく思うあの人とは、テンポやタイミングがたまたま違っただけで、自分もいずれ。あんな風に夢を形にして行ける。自分の形で夢をかなえていく。

繰り返し、繰り返し。先へと進んできた自分の後ろに見えてる道。経験達も、素敵で美しい。だから、きっと「今」のじぶんもそれでいい。

だから、誰かや何かと比べてもいいし。悔しくなっても、うらやましくてもいい。
自分は自分のペースで動いている。夢やなりたい自分にむかって満ちてゆく自分の歩みを信じて、今の自分も素敵だねと言ってあげたい。

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