「西武鉄道の新型特急ラビューに乗りたい。そろそろいい時期じゃない?」
ラビューは、西武池袋駅と西武秩父駅の間を走っている特急車両だ。 お目見えしたのは半年ほど前、2019年3月のこと。 さすがに半年たてば、私が苦手とする新型車両のにおいは落ち着いているだろう。西武鉄道の特急に乗って、秩父へ行こう。三峯神社へ行って、山の御朱印をもらおうと決まったのは、朝6時過ぎに目覚めてすぐのこと。
時刻表によると、ラビューに乗って三峯神社をめざすと、到着が午後になるらしい。せっかく神社へ行くならば午前中の内につきたいから、今回はラビューに乗ることをあきらめた。朝ごはんを家で食べることもあきらめて、さっさと出発。西武池袋駅を目指す。
西武池袋駅から西武秩父駅までは、特急レッドアロー号に乗る。思っていたよりも、座席の前が広くなっていて、悠々と座っていられる。シートの形がほどよくて、wifiも電源も完備。kindleで本を読みながら、秩父まで80分ほどの特急の旅。沿線には、以前住んでいた場所がある、乗り換えに使っていた駅もある。特急の車内から懐かしい景色を見送る。
西武秩父駅からは、駅前のロータリーから出ている三峯神社行きのバスに乗る。気候がいいからか、登山客風の人たちがバス待ちの列をずらりと長くしている。バスは特急列車に接続されているようで、それほど待つこともなく乗り込んだ。バスは普通の乗り合いバス。観光バスのように補助座席が出るタイプの車両ではない。立ちっぱなしで75分ほど、三峯神社を目指す。
秩父の街中を抜けて、川沿いの斜面をぐんぐんとバスは登っていく。斜面にどきどきするうちに、山間に入ってカーブが増えてくる。バスは体中をうねらせて、斜面をぐねぐねと上がっていく。
自分が運転するなら楽しい山道も、立ったままのバスで登るのはどうも、よろしくない。お腹や頭が、ぐらぐらと振られる。久しぶりに軽く車酔い。そういえば、一昨日もなぜか新幹線酔いしたなと思い出す。調査をしていたら車酔いも忘れるかしらと、窓の外に見えている斜面の樹種を観察した。スギ、ヒノキ、雑木。サクラの木は紅葉が始まっていて、ナラやクルミも色替えしはじめている。斜面観察にあきて谷筋を数えはじめたころ、ようやく三峯神社駐車場に到着。
思っていたよりも多くの車で駐車場が埋まっている。それだけ、多くの人が上がってきているのかと驚く。
駐車場から本殿までは、ゆっくり歩いても20分ほどだ。歩き始めて早々に、環境省のビジターセンターがある。駐車場を上がってすぐのところだ。中をのぞくと動物のはく製がたくさん並んでいる、不思議な場所。本殿に行きたくてうずうずしている夫を置き去りに、岩石や鉱物の標本、登山の歴史……古ぼけた大学の資料展示室にまぎれこんだような、内容あるおもしろい展示物たちを堪能。
「ゆっくり見たよ、待っていてくれてありがとう」
そこからは、夫のペースで神社の本殿へ歩いていく。途中、狛犬のかわりにオオカミさんが立っている鳥居をくぐり、遥拝所で遠見をする。仁王門の色合いと大きさに驚いて、本殿へ。
本殿は極彩色。立体的な神獣の彫刻がこれでもかと建物についている。ここの彫刻がふしぎなのは、龍につばさがついているところ。西洋のドラゴンに似た体形をした東洋の龍。何度見ても、不思議。
そういえば、手水舎の飾りも立体的で手が込んでいる。本殿の彫刻は高い位置にあるけれど、手水舎の彫刻は低い位置にあるから、じっくりしみじみと彫刻を眺めることができる。
この彫刻達は1850年ころに作られたものらしい。いまから170年前の人がみていた神獣の姿を、今を生きてる私たちもみていることがおもしろく感じられる。秋になったばかりの 強い光に照らされて、彫刻の陰影はいっそう濃く、神獣達のひそめる息や緊張が伝わってくる。
彫刻を見て、神獣の姿を確認し。ほわあ、ふうむ、と謎のため息を漏らしている私はそのままに、夫は御朱印をいただきに行く。手書きで書かれた御朱印は、夫いわく「パワーがあふれてくる感じ」らしい。御朱印を待つ間、私は開運招福お守り入りのおみくじをひいた。
おみくじを引くときに、私はいつも、テーマを決めて読むことにしている。今回のテーマは「はじまり」について。この10月からはじまる勉強会のなかで、私の心構えを支える言葉やヒントを教えてください。と願った。
出てきたお守りは「招き猫」、人を招き財宝を招くという。学業は「今真剣に取り組めば生涯の自信をつかめます」とあった。旅行は「伝統的な建造物のある場所に行くと良い」そうな。
そして、大きく書かれた「生」の文字に驚いた。
生きるとは一人の作業である
どんな境遇に在ろうとも揺るがない自分だけの生き方を見つけなさい
たった、一度の人生だから。自分自身を生きる。自分だけの生き方を見つける。そのことを改めて、見えない力に後押しされた心地がしたおみくじの言葉たち。
さて、ひと踏ん張り。人とのつながりを覚えつつ、それでも揺らがず自分だけの生き方を生きること。しっかりと覚えておこう、これから始まる勉強会の中で心がけて行こう。
半年、がんばろうと誓いを新たにした帰り道を、オオカミさんが見送ってくれた。