すべての女性の内側には「姫」がいる。瞑想で姫とつながる?

わたしは男性になりたかった。女性であると、面倒なことが多いと思ってきた。だから、自分が女性であることに抵抗がある(だからといって、生物学的に男性になりたいわけではない)。

そして、かなり。がつがつと活動的にやりがち。よわっちい自分(と自分が感じている部分)を見せたくないと思ってる。心理学的に自立の状態にいる時間も長かった。

自立の状態から抜け出すために。もっと、ゆだねてみようよ。女性性を使ってみようよ。……といわれて、あれこれと。考えながら、動いている。師匠によくいわれる言葉たちに気をつけて、過ごしてる(つもり)。

「自分でできることは自分でするけど、そうじゃないものは人にお願いしよう!」
 ※そのためにも「自分にできることとできないこと」の線引きをちゃんとしようね!

「どっちが正しいの、どっちが偉いの、どっちが上だの、という競争を手放して、お互いの成功、win-winを目指そうね!」
 ※「負けを認める」「正しさを手放す」ってことが大事だぞ!

「頭で考えすぎずに、心の声、すなわち、直感や感覚の声に耳を傾けようね!」
 ※頭を休ませて、自分の心が喜ぶことをたくさんしようね!

「頑張ることを手放して、自分らしく、楽しく、楽にやる方法を見つけようね!」
 ※「もう頑張らなくてもいい!無理しなくてもいい!」って何度も言ってみよう!

「相手を信頼する、自分を信頼することを学ぼうね!」
 ※鳴かぬなら殺してしまえホトトギス、という格言は手放そうね!

ファッションや言動は女性的なのに、女性性を受け取るということができません。根本裕幸オフィシャルブログより

だいぶん、自立が極まっている状態はおちついてきた。でも、いつも女性性たっぷりに生きていけるわけでもない。女性性がなかなか身につかなくて、ぎゃあっと叫びたくなることもある。そんなときに思い出すのは、この言葉。

すべての女性の内側に、姫(プリンセス)が存在している

……男性と競争しがちのわたしにも、姫のような心がつまっている。姫であったなら、ゆだねられるし、女性性を自在にあつかえる(気がする)。

けれど、日常では気恥ずかしい、じぶんに似合わない(と自分で決めている)。なかなか、姫は外側にでて来られない。だから、姫である感覚も遠い。

もし。自分に「姫」がつまっているとしたら。

どんなときにその姫は喜ぶんだろう。たのしくなるんだろう。笑うんだろう。
なにをして、過ごしていたいのかな。どんな気持ちのなかに、暮らしているんだろう。

姫といっても、いろいろな姫がいる。武芸にたけた姫、舞踏会にあらわれる姫、魔法使いな姫……自分が、いちばんしっくりとくる姫を思い浮かべたとして。どんな感覚のなかにいるんだろうか。

そこに興味持った時、クリスタルボウルボウルヒーリング瞑想会開催のお知らせが目に入った。「内なるプリンセスを呼び覚ます」瞑想会だって。(申込締切が、あした1/30木曜らしい) 今週日曜2/2に行ってくる。

自分にとっての姫や女神をイメージさせるアイテムやファッションに身を包み、参加しようという瞑想会。どうにも、むずむず落ち着かないけれど。興味津々。

クリスタルボウルの音色が好き。Rikaさんの演奏が好き。その音のなかで、どんな風に自分の内にいる姫や女神と出会うのだろう。姫や女神に会えたなら、よりわたしのままで。力抜いて暮らしているかな。

いばら姫か 白雪姫みたいに眠ってるかもしれない、わたしの内の姫。いまから、会うのが楽しみだ。

わたしの姫ははだしで。植物と住んでいる気がする

▽クリスタルボウルのとりこになった演奏のこと

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