「好き」を外にあらわすと、たのしさが巡り始まる

最近、おもしろそうなことや自分の好きなモノコトに、誘っていただいたり、誘われたりする機会が増えた。

「これ、もしかしたら好きかと思って」とおやつやお酒をいただくことは、これまでも多かったのだけれど。それに加えて、人をご紹介いただいたり、講座や書籍・情報を教えていただいたりすることも増えた。ありがたいかぎり。

おかげさまで、たのしいことにむかうセンサーが拡がって来た。自分ひとりだけでたのしさやおもしろさを探すのではなく、周りの方々のセンサーも使って探せるようになったから。

わたし自身、周りの方々のたのしさやおもしろさセンサーの一部でもある。

何かを見つけて、ふと「あの人が好きそうなことだな」「あの人がおもしろいと感じるだろうな」と思い浮かんだら、そのことを相手に伝える。それを、以前ほど気負わずできるようになって来た。

それもこれも。おそらくは、わたし自身の「好き」をためらわずに表現できるようになってきたから。無理をして自分を「普通や当たり前」の枠にあてこもうとしなくなったから。

わたしの「好き」を詰め込んだお散歩会
たのしかった。笑顔と安心もたくさん。

「好き」をためらわずに表現すると、わたしが何を好きなのか、周りが間違えることなく知ってくれるようになる。

人は「愛」の生き物だ。誰かを喜ばせたくて仕方がない。笑顔を見たいと思う。
誰かの「好き」を知っていたら、その「好き」をモノや情報でプレゼントしてくれる。

だから、自分の「好き」を周りに対して素直に見せれば見せただけ、自分の周りに「好き」が集まってくる。
(わたしだって、誰かの「好き」を知っていたら、そのモノコトを目にした時にふとそのひとのことを思い出すし、メッセージを送りたくなる)

無理をして自分を「普通や当たり前」の枠に押し込まなくなり、自然なじぶんの姿で過ごす時間が長くなったら、周りが優しくなったように感じた。
自分が見せている姿を周りが知って、その自然体な自分のために接してくれるようになったから、わたし自身が素直に受け取れるようになったのではないかと思っている。

「普通や当たり前」の枠を考えるときは、どこかで人間関係への損得勘定が働いているように感じる。

自分が一緒に過ごしたいと、損得勘定なしで思える方たちと。
一緒に心地よくすごすための必要最低限のお約束ごとだけを、守ってたのしむ。うきうきと過ごす。

相手と一緒にわたしがうきうきと過ごしたいから、たのしんでくれるといいなと声をかけてみる。相手がおもしろいと思うだろうなと想像できることを、自分の持っている手持ちの話題からおはなしをする。どうしても、はなしたい相手だとしたら、どんな話だと相手がおもしろがってくれそうか、想像して、自分自身もおもしろいと思える話題の中から新しく何か仕入れてくる。

そうして、わたしの「好き」を知り、わたしをおもしろがってたのしんでくれる相手と。
一緒にうきうき過ごしたくて相手を理解したいと思うわたしと。
お互いに、感じたこと考えたこと、思うことを、話しながらたのしむ。

お互いにとってのおもしろそうなことを紹介しあって。
一緒に過ごすかどうかを、そのときどきで決めてみる。

周りの人々とどう過ごそうか。全て自分が決めてよい。
(自分自身が決めていると、自覚する)

周りと馴染んでみたいなと試すタイミングや、周りと同じように過ごしてみたいと試している時の長さを自分が選ぶ。

そうすると、お気楽になるぞ。たのしいぞ。
よくわからんけど、自由だぞ。
のびのび、自然体で過ごせるぞ。

そうすると「たのしい。おもしろい」が巡り始まる。

おかげさまで、わたしはたのしく、うきうき過ごせるときがうんと増えた。
自分の周りにある、いろいろなものをおもしろく眺めて観察し。たのしいことをみつけたり、作ったりして飛び込んでみている。

無理をして、周りにあわせようとする機会はいつの間にか減っていた。自分の「好き」を生きるときが増えた。

それでも。「好き」を外へ表しづらく感じるときもある。周りとどう過ごすかを自分が選ぶのを難しく思うときもある。そうなるは、疲れすぎている時かもしれない。

疲れすぎている時かもしれないと感じたら、いったん、どこかへ避難する。自分が安心出来たり、お気楽でいられたり、のんびり休めたり。出来る場所へ戻る。隠れる。

隠れて、いったん英気を養って、自分自身の心のゆとり(体力のゆとりも)取り戻そう。

そうして、ゆとりが戻ってきたら、大丈夫。
次は、どうやって今の場をたのしもうかと思える力が戻ってくるから。

好き嫌いも。心の強さも。身体の調子も。
その時々で、揺れ動いているから、自分でこれと決めつけてしまわない。

その時に自分の思うリズムを感じながら、その時のリズムの中で「たのしい。おもしろい」をみつけて、たのしむ。

自分のゆとりを取り戻しながら「たのしい。おもしろい」 の輪の中に戻ってみる。
自分の「好き」を外へ表すことで、「たのしい。おもしろい」もより焦点があった状態で、目の前に現れてくる。


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