笑うことで力がぬけた。そして、しきりなおし

ふふふ。 くすっ。
笑える動画をながめてみたら、どうやら自分が力んでいたようだということに気づきましたとさ。

なぜ、じぶんの力みに気づいたのか。それは笑ったから。

力んでいたなと気づいたのは、動画を見ながらふふふ。と思わず笑ってしまったときに、首の後ろや肩のあたりをしゅるっとエネルギーが動いていったから。

身体(肉体)そのものは、これまでにしていた動きとは異なる動きをしたり、体の向きを変えたりすると、じぶんの頭で感じとれる重みや熱が変わります。

重みや熱の変化は、ときおり自分で体の中の感覚を探る癖をつけておくと、じぶんが思っている以上にわかりやすい動きを見えます。

じぶんの血流の強さが変わることを感じたり、体温の変化や内臓の動き、重さのある場所の変化となって、身体のうごきをみることができます。

今回も、ふふふ。と笑ったことで、首と肩のところにとどめられていたエネルギーがしゅるんととおりぬけてゆき、身体の内のエネルギーの巡りがよくなったと感じとれました。

笑うっていいね。エネルギーの向きも軽さも変えてくれる。最高のじゅもん。

違和感(不自然なもの)は平均化を目指す

じっと。静かにとどまったままで。動きがない時にはそのものは見つけづらいものも、動きが出れば。そこに在る(在った)と知ることができます、

違和感の元は、不自然なもの。自然界の中では、不自然なものは平均化してまわりと混じろうとします。

自然界の中では高いところにあるモノは低い所へ動こうとし、熱いものは冷たいものと混ざって平均的な温度になろうとする。

だから、人の肉体がゆるみっぱなしであることも。緊張しっぱなしであることも。どちらか一方だけというのは不自然なこと。

ゆるみっぱなしかなと思ったら、少しきゅっと腹に力込めて。緊張しっぱなしかなと思ったときには力を抜いて。

つなに、ゆるっと自然なかんじの、日常なわたしでいられるように。

だから、まいかい。まいとき。気づいてみては、じぶんでじぶんをしきりなおし。それを自動操縦にできるように練習れんしゅう。

笑って力が平均化したときから、しきりなおし

今までやっていたことをやりなおしたり、方向転換するのではなく。おだやかなおちついた状態であらためて、わたしが何を知りたいのか、何をしたいのかを確認する作業が、わたしにとってのしきりなおし。

最近、わたしの頭から離れなくなっている「ブログ」の書き方のこと、落ち着いて考え直しです。ひとつひとつ、ちいさなパーツ積み上げている気分。

なぜ、ブログで届けたいのか。 誰に届けたいのか。おちついて整理中。
その作業が、なんだか「宿題」をするかのように力をいれる理由になってしまってて、わたしは緊張しすぎていた様子。

少し落ち着きつつ、まずは。「じぶん」を覚えて動くように練習。

しばらく持っていたじぶんの力みに気づいて。これからは自分がここちよいとおもえる感覚を意識しながら過ごすと決めて。あらためて、しきりなおし。

 

きょうのわたしに、ありがとう。あすのわたしも平常運転めざしていこう。

0

コメント

タイトルとURLをコピーしました