余白の美しさ(引き算を意識して、余白を生む)

あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ。やってみたいことは、わんさかと目の前に現れてくる。来るもの拒まずな感じに、自分のやりたいという声に忠実にやってみてたら、結構な量になってきた。

楽しんでやっていることは「がんばれ」。めいっぱい楽しもうとわたしに伝えたい。でも、やったほうがいいからと不安を理由にやっているならば「もうやめてしまえ」とわたしに伝えよう。

今、やっていること。これから、やりたいこと。自分は楽しめてるかな、自分自身の心の底から選べているかな。
周りの目を気にして、やっていることはないかな。そういうことは、やめてみよう。本当に、自分自身のこころから今やりたいことをやってみよう。

自分の中にある「やりたい」気持ちを交通整理する。そして、自分の中にある小さな違和感も確認して軽い感じで今からを進んでいこう。

決意も新たに、複数持っていたブログをようやくひとつだけに絞ることにした。迷いに迷って、気づくと1年も過ぎていた。古いページのはじまりの部分にブログ移転のメッセージを置き、今、ここにあるページアドレスへのリンクを貼った。もう古いブログを更新することはないだろう。

ずっと気がかりだった旧ブログ、ひとつ手放せて心が軽くなった。思っていたよりも、ずっと大きな存在感がわたしの心の中にあったようだ。その気がかりにしていた存在感がひとつ消え、わたしのなかに余白があらわれた。その余白は、ころんとまん丸でなんでも受け止めてくれそうな空間。ほんのりと内側から光を感じるような、やわらかな場所になった。

余白の美という言葉があるように、空白にはどこか不思議な力がある。頭のなかも引き算。空白がいいらしい。 脳科学者の茂木健一郎さんによると、脳には隙間が必要だそう。

脳には『隙間』が必要である。目の前の『オン』の情報処理でいっぱいになってしまうと、内側からわきあがってくる情報を拾えなくなってしまう。偏桃体をはじめとする回路に潜む感情や、側頭連合野の奥深くにしまい込まれた記憶。これらを深掘りして、初めて見えてくる自分の姿がある

なるほど。余白があるからこそ、自分の内にあるかすかな反応をひろいあげることができるのか。

「やりたい」気持ちが、もりもりと湧いてくる性分だからか、自分の内にある余白をついつい何かで埋めてしまう。だから、自分から意識して余白を自分の内に作る。「やりたい」を厳選する、定期的に「やりたい」を確認しなおす。頭を休める、ぼんやりな時間を作る。

まだ、やめられることがありそう。極端に走っているようにも思うけれど、今はそうしてみたいから「やりたい」をもっと絞ってみよう。我ながら、単純。

そして、より自分の内の感覚をとりいれながら、じぶんを純化して軽やかに暮らしていく。暮らしの中でのはなうたも、たぶん、増えてくる。

ぐるぐるしながらも伸びていく。
ぼんやりと見上げたら、しゅるしゅる伸びていくライン。
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