他の人に信じてもらっていた「しあわせな未来」

宿題のことを悩んでいた割には、あっさりとあきらめをつけて宿題提出を終えて、久しぶりの秋葉原の駅に降りた土曜の夕方。夕方でも、まだまだ人が多く、やはり街なのだなと思う。

秋葉原は学生の頃から、ちょこちょこ立ち寄っていた駅だ。まだネットでの通信販売が一般的でなかった頃には、自作パソコンや測定機の改造用の部品や材料を集めにいったし。「腐女子」が市民権を今ほどに得られていなかった頃には、アニメ関係のグッズをながめにいったり同好の士(?)と冊子や衣装の交換をかねて待合せたりもした。その後、社会人になって東京出張に来るたび、なにかと電気部品を見に来た街。

測定機械を触る必要がなくなった5年ほど前から、ご無沙汰だったので街をみまわすのがおもしろい。落ち着いて、ゆっくりとあるく秋葉原の街。随分と変わったな。

久しぶりに、ゆっくりと街歩きをしたのは、用事を済ませるため。待ち合わせ時間を30分早めに勘違いしていたおかげで、裏路地の辺りを多めに歩くことができた。秋葉原から浅草橋へ続く当たりの裏路地は、一杯飲み屋さんや小さめの居酒屋、ちょっと飲めるバルなど充実。帰りに立ち寄るのを楽しみにする。

用事を終えて外に出ると、もう真っ暗になっていた。駅までの道を、路地裏とおっていく。グループで飲んでいるのだろう、たのしげな笑い声があちらこちらから聞こえる。そのうちの一軒、焼き鳥のにおいにつられてはいる。

久しぶりに大衆酒場っぽい焼き鳥屋さんに入った。壁が板張り、黒板におすすめのメニューが書かれてあった、ビールケースで座席とテーブルが作られている。部屋のなかは、焼き鳥のけむりとどこかのテーブルのたばこのけむり。ジャージを着た学生さん風のグループや会社帰りのスーツ姿の人たちが話す声で、ぐわぐわと空気が揺れている。

この雰囲気、例大祭の祭り神輿が好きだったかつての上司が好きそうなお店だ。よく、仕事の区切りがついたときに連れられて、新橋や御徒町、赤羽のガード下などで飲んだことを思い出す。そういえば、はじめてホッピーを飲んだのも、隣のテーブルのおにいさんに差し入れのもつ煮をもらったのも、こんな雰囲気のお店だった。

「何か自分ががんばれている日常があれば、きっと似合いの相手が目の前に現れるから」と励ましてくれたのは、その上司だった。わたしの”しあわせな未来”を信じてくれていた上司のいうことを、その時は、全く信じられなかった。けれど15年たって今は、夫とふたり。ビールケースな座席に座って、梅水晶をかじっている。その時間の流れが、ちょっと不思議。

離婚や体調不良や、負けて悔しかったことや。たくさんのどろどろな気持ちに押しつぶされて、もう前なんて向けないと思っていた。でも、私の未来が幸せになっていることを信じてくれた人がいた。そのときは、そのことを信じられなくてよくわからなかった。

けれど、振り返ってあの時を思い出せば、自分以外の人が「しあわせな未来」をみていてくれたから、絶望して凍り付いてしまうことなく、しんどいなりに何かやっていこうとできたのかなと思う。どろどろの中でもがき続けることしかできなかった気がするけれど、もがきながら回復してきたのだと思う。

自分もだれかの「しあわせな未来」を見ていられる人でありたい。迷っている時、どろどろの中にいるとき、先を見る元気なんて持てない時。それでも、しあわせな未来があると信じていられるように。

そして、思い出したことたちを懐かしく思いながら、今めのまえの人とのんびりと一杯のむ。

今日はホイスハイボール。こんな味だったかな、覚えてないな。でも、意外に好きな味かも。
そんなことを思いながら飲んで、今日は終わり。

一瞬、ホイミハイボール(某RPGでの回復魔法の呪文)にみえた。体力回復されそう。

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