久しぶりに遊びに行った妹宅にふしぎな人形があった。ブラシに足がはえたような形……というか、ブラシ?
はじまりは「ブラッシュ」たち
子ども部屋の主である甥と姪にたずねると「その子たちはブラッシュなの」とのこと。人形のあつかいになっているらしい。
ひとつは赤色でまるい頭。もうひとつはみどり色で四角の頭。
どちらも足が生えていて、手はついてない。
大人の手のひらに、ちょこんとのせることのできる大きさの”ブラッシュ”たち。
その”ブラッシュたち”が、兄と妹のけんかの種になった。
プール開きに合わせ、ふたりの通う小学校ではプールそうじがある。
「ひとり一つずつ、ブラシかたわしをもってきてください」と伝えられたとき、甥も姪も「ブラッシュをもっていこう」と思った。
家にはブラッシュたちがふたつ。兄がひとつ、妹がひとつ持っていくのだから数はぴったり、あっている。
それなのに、持っていきたいブラッシュが同じだった。
甥も姪も。どちらも。
持ってゆきたいのは、みどり色したブラッシュ。
兄妹ふたりが、ひとつのものを同時に欲しいと思ったときには、くじ引きかじゃんけんで決めるのがお約束。
今回は、くじ引きで決めた。
……そうしたら、兄がみどり色のブラッシュを、妹が赤色のブラッシュを持っていくことになった。
「くじびきもじゃんけんも、はずれしか引けない。わたしばかり損してる。
どうして、わたしだけ。いつも、はずれるの」
じぶんが持ってゆきたかったみどり色を持っていけなかった姪は、がっくり。 泣き続ける。
「いつも」はずれる
兄と希望するものが重なってしまうと「いつも」くじ引きではずれ、じゃんけんで負ける。
だから、「いつも」わたしは損をしていると姪はいうけれど、ほんとうに「いつも」なのだろうか。
同じ内容のことを、今ないている姪の兄から聞いたことがある。
「妹ばかり思い通りになっていてずるい」
お互いに相手をうらやんでいるのは、じぶんがもらえた時のことを忘れてしまっているから。
だから、泣き続けている姪にきいてみた。
「いつもというけれど、本当に「いつも」なの?
一度も、じぶんが希望したものをもらえなかったの?
くじ引きで当たったことがないの?」
泣き続けていた姪は、一瞬、泣くのをやめた。
「そんなことない。当たったことはあるけど、兄ちゃんのほうが当たる回数が多い……」
やはり。当たったことはあるけれど、今回のはずれでがっくり落ち込んでいるだけだったようだ。
希望がとおったときもあれば、希望がとおらなかったときもある。
希望がとおらなかったときだけを数えると、「いつも」希望はとおらない。
希望がとおったときの記憶は、忘れられてしまっている。
「いつも」+「素敵なことば」でとめおく
いつも、はずれる。
いつも、うまくいかない。
いつも、仲間外れだ。
いつも、いつも。いつも、わるいことがおきる。
いつも。
そのことばは魔法のように人をしばる。
その後ろに続くことばにがんじがらめになって、こころが身動き取れなくなっていく。
そうだとしたら、「いつも」の後ろに素敵なことばを続けてみるといい。
素敵だと思う状態にこころがとどまれるようになるから。
いつも、あたる。
いつも、うまくいく。
いつも、人に恵まれる。
いつも、いつも。いつも、結局はいいように動いてる。
そう言えるようになれば、きっと、もっと「当たる」ようになる。
よかった、とおもえるときが増えてくる。
「いつも」というのは、すべて、まるごとを表しているんだよ。
だから、当たったことや希望がとおったこともあるのだから、いつも損しているわけではないよ。
姪は泣きながら、目の前を離れていった。
遠ざかる泣き声を聞きながら、どこかで知っている感覚を覚えた。
そうか。あれはわたしだ。
姪にとっての「いつも」は、わたしにとっての「みんな」だ。
みんなには「ある」けど、わたしには「ない」
「みんな」は、世間だったり友人であったり。あらわす範囲はいろいろと変わっていく。
自分以外の何かといつも比べて、ないものばかり見ていた。
みんなはできることが、わたしにはできない。
みんなが持っているのに、わたしは持っていない。
みんなのなかにある普通が、わたしにはない。
じぶんのなかにあるものに目を向けないでいた。みていなかった。みえなかった。
「いつも」わたしは損をしている。と姪が思っているように、
「みんな」にはあるのに、わたしにはない。とわたしは思っていた。
もしも「ある」としたら? と問いかける
今、わたしは「ない」に目を奪われすぎている。
もしも「ある」のだとしたら、わたしの中には何がある??
じぶんに聞いてみよう。探してみよう。確認してみよう。
じぶんで見つけづらいのなら、じぶんが信頼できる友人など他の人に聞いてみればいい。
わたしのなかにあるものを、きっと、教えてくれる。見つけてくれる。
気づくと姪の泣き声は消え、兄妹がふたりで遊んでいる声が聞こえてきた。
姪も「いつも」がつくっていた鎖から抜け出したようだ。
わたしも「みんな」でつくっていた重石を軽くとりはずしていこう。
もっと、軽く。笑っていられるときがあるのだと、覚えておこう。
少し夜の風が入り始めた部屋で、兄妹が遊ぶ声をききながら、そう思った。