小さなみどりをみて自信のとりもどし方を思い出した

東京駅へとのびる、まっすぐな道の真ん中から東京駅の写真を撮った。

ミルクチョコレートのような茶色をした東京駅が、曇ったうすい灰色の空の手前にくっきりとみえる、わたしのお気に入りの景色。久しぶりに見たその景色は、いつもと色が違ってみえた。なにが理由かわからないけれど、少し明るい気がする。

どこがちがうの?
新しく歩道を直したわけでもないし、通りに面したビルが建て替わったようすもない。
街路樹を植え替えた様子もない。花だんも前からあったし

「そうか。葉っぱが出てるんだ」
桜が咲くことに目をうばわれているうちに、イチョウが小さな葉をつけていた。 小指の先ほどの小さな葉。それでも、ちゃんとイチョウの葉っぱの形をしている。

黄色い葉を秋に落としてからつい先日まで、イチョウの木は丸裸だった。幹から分かれる棒きれがしゅっしゅと空へのびていた。桜が咲く前までは確実に、棒きれのようだったイチョウの枝。
「いつのまに、葉っぱが出てきてたのだろう?」

小さなイチョウの葉が出ていることがわかってから、あらためて景色を眺めた。まだ、日影ができるほど茂ったみどりではないけれど、初めにじぶんが思っていたよりもたくさんの葉が出ていた。
イチョウは、確実にみどりを増やしていたことに、今わたしは気が付いた。

「ある」前提でものごとをながめてみよう。

これは心理学を勉強しているときによく聞いたことばである。自信を無くした人が日常で自信を取り戻していくためのこころがまえのひとつとして教えてもらった。
自信がないときは、じぶんには「ない」と思いすぎていることが多い。はじめから「ない」と思っていると探すことをしないから、そこに「ある」はずのものを見落としてしまうことがある。自分には「ない」と思い込む強さが強いだけ、「ある」ものが見えなくなっている。
自信を取り戻すには、ささいなことでも小さなことでもいいからじぶんに「ある」ものを確認してみよう。思っている形と違うかもしれないけれど、自分に「ある」ものは意外とみつかるものだ。「ある」ものを見る癖がついてきたころには自信のなさも気にならなくなっている。「ある」という視点をとりもどすことで自信を取り戻したといってもいい。

小さなイチョウの葉っぱは、このことを思い出させてくれた。
冬に見ていた風景は、イチョウに葉が「ない」ことがあたりまえの風景。イチョウに葉は「ない」のだから、イチョウの葉があるかどうか、見ようとしない。 春になって、小さなみどりが「ある」と気づいたとき、イチョウが夏には木陰を作るほどのみどりをもつことを思い出した。

そうだ、そうだった。
最近のわたしは「ない」ことしか目に入らなくなっていた。
「ちゃんと書きたいのに、書けない」と思いすぎていた。
「役に立つものをつくりたいのに、いっこうに作れない」と手が途中で止まっていた。
「感情を表に出す方法がわからない」と、無反応になろうとしていた。

でも、わたしに「ある」としたら、どうだろう?
わたしに「ない」わけではない。今も「ある」んだ。けれど、もっともっと大きな「ある」を今すぐ手にしたいと思っていて。すぐには手にできなくて…だから「ない」と思っていただけなんだ。
今のわたしに「ある」こと。
短めの文章であれば思ったことを伝えやすくなった(以前に比べれば)。
身近な人のための食事は、今も作っている(これだって作っているうちに入れていい)。
自分の内には体の反応として感情があらわれている(ことばにならないことも多いけど)。
そうだとしたら、書くことや作ることをやめたり、感情をとめたりしてしまうことはもったいない。「書けている」、「作れている」、「感情はある」といった小さな証拠をたくさん集めるのだ。小さくてもたくさん確認していければ、いつか「ある」という確信に変わる。「ある」ことが目の前に広がってくるから「ない」ことは目に入らなくなる。自信の取り戻し方をやっと思い出した。

冬に見ていた葉のないイチョウの木の姿が風景の中に焼き付いていても、春が来れば風景は変わる。たくさんの小さなイチョウの葉が出てきて、夏には木陰を作る。今、小さなみどりの葉がイチョウにあると気づいたことで、今見ている風景の中から冬に見ていた棒きれのようだったイチョウの姿は消える。 今、見えている春の風景は、たくさん集まったイチョウの小さなみどりの葉が、薄くもりの空を少し明るくしている風景。

小さくても「ある」。
小さな「ある」がたくさん集まると、これほど明るく見えてくる。

じぶんの中の小さくささやかな「ある」。
小さな「喜び」、小さな「楽しみ」、ちょっとだけど「できた」、なんだか「うれしい」……小さな「ある」もたくさん集めていくと、もっと明るく軽く、毎日を過ごしていけるのだろう。

小さなイチョウの葉はいずれ育って夏の木陰になる。木陰は夏のあつさをさえぎり、人を気持ちよくさせる。 じぶんの中にあるささやかな「ある」が増え、軽やかに過ごせている人は、他人に安心やここちよさを感じさせることができる。そして、人をここちよく過ごす場をつくれるようにもなる。

じぶんの周りにいるひとたちがここちよく過ごしてくれる場があることを夢見て。今はじぶんの「ある」を少しずつでも確認していこう。 

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