ここちよさを、気持のよい場所をとおして思い出す

気持のよい場所で、ここちよい感覚をもう一度、思い出す。繰り返して、何度も思い出す。
何度も思い出すうちに、身体は別の場所にいても、想像力を使ってここちよい感覚を思い出せるようになる。

それでも、実物の中に身を置くことは、たとえようもなく「ほんもの」だ。LIVE感がだいじと聞くけれど、まさにその通りと思う。

気持のよい場所に行くと「ほんもの」のここちよさが、足の裏から、目から、身体の皮膚から、全身を包み込むみたいに思い出される。思い出されるたくさんの感覚と、実際に目の前にある景色が重なり合って、何重にも深くて、たとえようもなく立体的に「ほんもの」のここちよさが現れる。

「ほんもの」のここちよさを思い出すために、自分が好きな場所へと出かける。
もう一度、あの感覚を身体からリアルに思い出せるように。
(ただ、気持ちいいなを味わいに、出かける)

日常を生きる間に、覚えているはずの気持ちよさは遠くなってくる。繰り返してイメージの中で、ここちよさを思い出しても、どこか色あせてくる。

日常の中で見つけるここちよさも、それはそれで好きなのだけれど、身体をとおして魂の中から感じてきたような「ほんもの」には、やや足りないように感じる。なんか違うのだ。

だから、自分の感覚もまるごと含めて、「ほんもの」のここちよさを思い出せる場所へ出かける。

時には、
いっそ、あのここちよい場所に住んでしまおうかとも考える。

けれど、わたしの感じているここちよさは、今あの場所で感じる感覚と自分の持っている記憶とが絡み合ってできたものであり、現実の今あの場所だけで感じ取れるものではない。遠くにある時間と今の景色が重なって、出来上がっている「ほんもの」。

だから、いつも自分から出かけていくのは、違う場所。自分の好きな場所へ出かける。そして、その場所で、今そこに在る景色と、自分の記憶と身体の感覚を重ねて「ほんもの」ここちよさを思い出す。

ほんものは、しっかりと。今の自分がここで生きることを支えてくれる。地に足つけて暮らしていくこころを、見守っていてくれる。

ここちよさのはじまりになるような経験を、ぎゅっと濃くしたような「ほんもの」を思い出し、全身で感じるときを大事にしたい。

誰であっても、何か。どこかで。
「ほんもの」を感じているし、知っている。

大切にし過ぎて、思い出しづらくなっているときはあるかもしれない。日常の中で目がくらんで、みつけづらいかもしれない。あると知っていても、日常では手に取りづらいものかもしれない。

だから、時々は。時間を決めて、日付を決めて。
自分にとっての「ほんもの」を味わいに行く。

その場所に行って、何をするでもなく。ただじっと存在する。
周りから聞こえてくる音を聞く。皮膚を撫でていく風を感じる。足の裏の地面を感じる。
しゃがんで土の温度に触れる。

すると、生きものであった自分の感覚が、ゆっくりとフラットに戻ってくる。

一緒にいる友人と話す。その土地でずっと生きて来た人たちを思う。

今、ここにいる自分の命が、あたたかに感じ取れる。

風のにおいも
光の強さも夏まじりで
緑の光がすうっと身体を通ってく。

涼しくて気持ちよくて
たくさんのたのしい記憶が湧いてきて
また、戻りたくなった。

あの感覚を、今感じる。この先に感じるとして、
わたしは何をするだろう?

友人の地元だからと、案内してもらった諏訪大社上社前宮。

来年は大きなお祭りが諏訪大社であるらしい。
また来よう。

諏訪大社は、全部で四社ある(上社前宮、上社本宮、下社秋宮、下社春宮)。諏訪湖の周りにある長野県の神社。ご神体は山であったり、木であったりする、古い形態の祀りがある神社。

諏訪明神は古くから風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神として、また武勇の神として広く信仰され、現在は生命の根源・生活の源を守る神と崇められております。

諏訪大社公式HPより

諏訪インターより、車で10分(今回も、レンタカーにて)。

お告げ師でカウンセラー 田村洋子でした。


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