6月の終わりに。意識の向ける向きを思う

ほしたら、行こうか。
みそか詣でに行ってきた。今月のありがとうを数えて、嬉しい気持ちのままで行ってきた。

行ってみたけど、あるといいなと思ってた茅の輪がなかった。ちょっとさびしくなった。

この神社では月おくれで旧暦を迎えるのかな。
それとも、今年だけの特別ルールかな。

いいように解釈することにして、みそか詣でだけをすませることにした。

まあいいか。

もしかしたら、茅の輪くぐるのは別の機会かもしれない。いつものわたしは7月末に向けて人形をきったり、精進したりして、夏越の祓にそなえる。まつるものがなくなっても、ずっとこっそり、続けていることだから。今回、暦にあわせて動くには、準備が足りなかったということにしよう。

あしたは7月1日。お山開きの日。

都内に在る「〇〇富士」に行ってみようか。おとなしく家にいて、以前に行った山開きの写真を整理しようか。
と考えてみる。

水無月(みなつき)。氷を模した和菓子。去年、いただいた。おいしかった。

そういえば。あえて季節を数えている理由を書いたことなかったと思い出した。

いまの私たちのしているくらしは、ほんの100年200年ほどのこと。ヒトの体の細胞は、今の暮らしが馴染み切ってはいない。

細胞の覚えている季節のリズムを、食べものや行事をとおして意識がなぞっていくことで、ヒトとしての全容が整っていく。時間の動きと身体の動きがあってくることで、自分の感じるこころを自分のものとして感じやすくなる。

(まあ、かなり怪しげな話に聞こえるかもしれないけれど、そうなってる)

それに、身体にだっていいことがある。例えば、夏越にたべる水無月はあずきをつかった和菓子だ。もとは、氷をあらわした和菓子ではあるけれど、食養生的にはあずきをつかうことで、夏の湿気多い時期の身体を支えるはたらきもある。

季節の行事で、これを食べるといいよというものには、それなりに食養生的な意味を持っているものだ。

それに、意識やイメージの力って、ほんとうにすごい。

目の前にないはずの梅干しやレモンを思い浮かべただけで、身体の反応としてよだれ(だ液)が出てくるくらいに、すごい。

だから、季節が動いていくたび、意識やイメージも季節に合わせる。そうすることで、こころの奥で起こる雑音(ノイズ)が小さくなる。自分自身のおもうことがとらえやすくなる。

季節の食べものを食べ、季節の行事をとおして意識を整える。それによって、じぶんを生きていくときに感じるノイズが小さくなるから、もっと積極的に季節の行事を考えながら過ごしてもいいんじゃないかと、わたしは思ってる。

季節を意識することで、身体と意識が整う。


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