違和感とおはなしする。自分の感覚を信じる

やりはじめたなら最後までやりとげよう。

そう思ってきたけれど、別に途中でやめてもいい。
やりとげなくたっていい。

「なんか違う」「ちょっと変」
やっている途中、どうにも。こころがもやもやし始めた。

自分が自分ではない感覚をキャッチして、こころがもやっとする。

「やらされている感」
「~せねばならない感」
それにとらわれて動いている自分にもやもやする。「やりたくない気持ち」を感じないようにして、惰性のままに動いている自分に、もやもやする。

こころの根っこから、魂から納得していないくせに、ね。どうして動いてるんだろう。

その理由は、かんたん。

いい子に見せたくて、がんばってる姿をみせようとしているから。他人に見てほしくて、やっているふりをしようとしているから。

魂のままの自分が視たら、がっかりしてしまう「現実の自分」。こころの底から自分の思いのままに動いているわけじゃない。周りに見て欲しい姿をつくって、周りから「すごいね」と言われたくて動いている、他人まかせなわたしの形。

そう思ったら、するっと。
「やめよう」と思えた。

もう、「やらされる」のはやめよう。「しなきゃいけない」もやめよう。

気づくたびに、何度も、自分の魂に確認しよう

「わたし、本当に、それやりたい?」
「魂のわたしは、なぜ、そうしたいって説明できそう? 」
「それするときに、ぐわっと身体に熱が動き始まってる?」

違和感を感じたら、一度、立ち止まって確認をする。身体の感じているわたしの気持ちと、こころの思うわたしの気持ちが重なっているかを確認する。重なりが大きいほど、深いほど、魂のわたしのままに現実を生きていられるのだから。

そうして、確認したモノコト。

違和感覚えていた、ひとつ、ふたつを。ざくっと、やめた。

やめていたら、すっきりとした。こころ、軽くなれた。

軽くなったことで、こころの負担になっていたと知った。

風にふわふわと光ゆれてるような軽さ

やめる。って大事。

特に、ライフワークや夢に向かっているつもり・・・で動いている時ほど、やめることが難しくなる。「~せねばならない」に、いつの間にか、すり替わっていると気づきづらくなる。気づいても、やめづらくなる。

毎度、毎回。身体の感覚、こころのようす、気にかけながら。魂エネルギー(っていうのかな?)のはたき具合を、確認しながら。
改めて、じぶんのなりたい姿へむかって動き始まる。


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