「こうしてほしい」と、相手に言葉でお願いしてみよう。
わたしは「こう思っている」と言葉にしないと、自分の思いも伝わらない。
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これくらいわかりやすく感情を出しているのだから、見ればわかるでしょう?
どうして、わかってくれないの?!
これくらい察してほしい。くみ取って、理解して欲しい。
わたしも、パートナーも。お互いに向けて、そう思ってきた。だから、すれ違いが大きくなって、別れることになった。
黙っていても相手に伝わる。以心伝心。それは羨ましいことだけれど、まぼろしでしかない。その時に、わたしは思い知った。
パートナーと別れて、ようやく「察する」「察してほしい」をやめようと決めたわたし。その経験があるから、自分が思うところや考えたことを伝えるように気をつける。今のパートナーにはお願いを、いつもしている。
「わたしには察することができないから、言葉で考えや思ってることを伝えて欲しい。わたしにどうしてほしいか、言葉で教えて」と頼んでいる。
人間だから頼んであっても、忘れることもある。自分が伝えたつもりで、相手に伝わらないこともある。うっかりと「察してほしい」が顔をのぞかせることもある。
だから何度も繰り返して、お願いしている。お互いの関係が平和である間に、頼んでおく。(機嫌が悪い状態でお願いしても、言葉どおりには届きづらいから)
そのおかげか、察する必要がありそうな場面はうんと減った。気が楽になった。言葉の使い方や伝わり方がうまくいかずに衝突するときは、ごくたまにあるけれど……
そして、相手に「察する」労力をはぶいてもらおうと、自分の状態を相手に伝えることにした。
八つ当たりしたい気分のときは「八つ当たりしたい気分になっている」とパートナーに伝える。
八つ当たりな話を聞いてくれるなら聞いてほしいな。
それが無理なら、しばらくわたしをひとりに放置しておいて。もしかしたら、ひとりで何か不機嫌に暴れてるかもしれないけれど、落ち着くのを待って。
そう頼んでおく。
そうすればパートナーも行動を選べる。余裕があれば聞いてくれるし、余裕がないならばわたしはひとり部屋にこもる。
不機嫌がわたしの心の奥であばれているような日は、なかなか普通に会話をするのが難しい。そんなときにも、自分がなんか不機嫌な日であるとパートナーに伝えてしまう。
「機嫌が悪いから、言葉足らずになってしまう。それでもよければ話をしよう」と言っておく。
そうしておけば、相手も行動を決めやすい。
*
察してほしい。
察したほうがいいだろう。
そう思うことが増えると心が落ち着かない。察するためにアンテナをはりめぐらして、心はりつめたままになる。かなり疲れる。
おそらく、疲れるのは私だけではない。パートナーも疲れるだろう。
だから、今の状況を説明すること、どうしてほしいか伝えることを心がける。
そうすると、察してほしい。にエネルギーを回さなくなった分、自分が穏やかに過ごせるようになった。気分がかなり楽。
そのおかげで、気分の揺れ幅も落ち着いてきた(ように感じている)。
パートナーには、つい。察してほしいと思いがちだから。
説明とお願いを心がける。
ちょっとした緊張感がとけ、自分の機嫌よい時間が増えてくる。パートナーにも優しくなれる。やさしくできる。
そんな気がする。