「食べる」を感謝し、実りに感謝する[社日]

実りの秋に感謝して過ごす、今日は社日(しゃにち)。今年とれたばかりのさといもを煮て、お供えをして。「今年も野菜やお米がおいしくできました、来年も植えるので楽しみにしていてください」と伝える日。

「おしゃにち」は、どこか呪文のような響きを持っている。さといもの神様に感謝を伝えるための言葉か、秋の実りの神様や仏様の名前かと思っていた。大人になって暦を調べる機会があって、ようやく「おしゃにち」が社日のことだと知った。

今日はぶどうを供えてみた。とれたばかりのさといもを手に入れるのは難しそうだったから、大好きなぶどうをお供えする。「おかげさまで、今年もおいしものをたくさん食べました、ありがとうございます。これからの実りもおいしくいただきます」

サンマの群れのようにも見え、秋が来てるなとしみじみ

わたしはおいしい物が大好きだ。流行りものを食べるのも、好きだ。けれど、流行りものを食べるとき少しもぞもぞする。とくに「女子高生に人気の」とか「若い女性がならんでいる」とか言われると、どうにもむずかゆい。女子高生や若い女性むけの食べ物を、横から無理にかっさらって食べているような、落ち着かなさを感じる。食べている姿を周りから見ると浮いているかな、大丈夫かな。どきどき、もぞもぞする。

どきどき、もぞもぞすることに気をとられて、食べたかったはずの流行りものをあきらめることも多い。あきらめるときの理由は、いかにももっともらしい。「行列が面倒だから」「人が減ったら行ってみたい」「今はダイエット中」。本当は、わたしも食べたいのにね。変なプライドや遠慮が発生してきて、食べたいと言えなくなってくる。

女子高生が選ぶような組み合わせだといいながらも、タピオカとチーズドックを食べたときの話を友人がしていた。自分の食べたいものを食べたいと堂々と言う。そして、行列に並んでも手に入れる。手に入れたものを「おいしいね」と一緒に食べる。それが、私はうらやましかった。

「好きだから、好きなの。理由なんてない」
それと同じなんだなとおかしくなった。

食べたいから、食べるの。
そこに理由はいらないな。

いつ、どこで、誰と食べるか。何を食べるか。
全て、自分が選んでいい。

流行りものだろうが、何であろうが。
自分の食べたい、を大切にしよう。食べたい、を遠慮しない。

それが、自分の選択を決める理由の全てとわかった。

わかったら実践。
今度、気になっていたチーズドック屋さんに突撃してくる、予定ができた。

これからも、おいしく食べてゆきます。ありがとう。
より楽しく、お気に召すまま。食べることを感謝する社日になった。

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