きょろきょろ落ち着かない自分と仲直りする

我が家は、トイレブラシが遭難したり、掃除機が行倒れたりする不思議な家だ。その不思議を創り出しているのは私。何かをやり始めたその途中で、急に違うことを思いついて動き始める時が多い私。違ったことについて動き始めたら、はじめにしていたはずのことを忘れてしまう。 気がそれる準備はいつでもできている。

聴覚過敏の性質があるからか、耳の具合が良くないときには、周りの音で意識をそらされがちになる。ささいな音がとてもよく聞こえる。気持ちを切り替えようと他のことに手を付けてしまいやすくなる。テレビの音や音楽が流れっぱなしなど周りに音があふれている環境も、それほど得意ではない。そわそわの種があたりいっぱいにばらまかれたような状態になる。

とある休日。夫がテレビを見ているときにトイレ掃除を思い立った。トイレ掃除を始めていたら、テレビから聞こえてくる話題がきっかけで、昨夜よんでいた本のことを思い出した。本の内容が急に気になってきて「ちょっと見るだけだから」とブラシを入れたままでその場を離れる。あの本は確か机の上に置いたはず。机の上を眺めたら、そこにあったメモの文字に気をとられる。今日やりたいことをリストにしたメモ。このリストには入ってないけれどアニメの録画もみたいなあ。

ここまでくると、初めに自分が何をしていたかをきれいに忘れている。机の前に座り、本を開けながら、ノートに落書きしたりPCでテキスト書いたり。見に来たはずの本を開くことも忘れている。そして、他のことに夢中になる。

「おーい、トイレブラシが遭難してるよ」

夫の声に驚く。そうだ、トイレ掃除の途中だった。あわててトイレを見に行くと、トイレブラシがささったままで助けを求めている。洗剤の泡はもう消えていて、床を拭こうと用意したぞうきんが元のかたちのままで床に置かれてある。慌ててトイレ掃除を再開、遭難していたトイレブラシを救出する。トイレ周りがきれいになって満足したころには、PCを開いてテキストを作っていたことは忘却の彼方。

こんな休日は日常になってしまった。

同じような経緯をたどって、掃除機もよく行倒れる。荷物が届いたり、自分の妄想が行き過ぎたりして、掃除をしていたことを忘れてしまう。その場を離れた後、掃除をしていたことを覚えていない。しかも、掃除機のことを気にしないから、目の前にあっても見えていない不思議現象が起きる。

広くもない部屋の中、思わぬところで掃除機が行倒れている。ベッドの上にのっていたり、洗濯機の前で転がっていたり。玄関に掃除機が倒れたままのときもあった。行倒れた掃除機は、見つけた時に申し訳なさそう。

こんな場所にいてごめんなさいねと、掃除機。
いえいえ、こちらこそ。ようやくお迎えに来ましたよと、わたし。

ブラシのように勢いのあった花も終わり始めた

トイレブラシが遭難し掃除機が行倒れることに困るのなら、掃除が終わるまでは他のことをしないと決めよう。思い付きが現れても、掃除を終えるまではよそ見をしないと固く決意して、それを守る。掃除の前に心構えを声にするのもいいかもしれない。「よそ見をせず、掃除を終えると誓います」。

気がそぞろになりすぎできょろきょろしすぎる私。よそ見ばかりしているダメな私。掃除を放り出さないだけの簡単なこともできない、とじぶんを責めてもいた。でも、 自分で自分を責めなければ、だれも遭難するトイレブラシのことで自分を責めない。責めていたのは、いつも自分だった。

命に別状はないのだし、おもしろいんじゃない? と、今は思い始めた。「よそ見をしない」とそうじに関して誓うのもやめた。遭難するトイレブラシや家の中で行倒れる掃除機の捜索は意外とたのしい。

自分のことを知っておけば、自分を助ける方法をみつけられる。誰かに方法を教えてもらえるし、頼ることもできる。

キッチンで火を使うときはかなり緊張する。火をつけていることを忘れたら、家が燃えてしまう。何度も火の有無を確認する、とても緊張する。その緊張にも対処のしようがある。

耳や頭の具合が良くないと自覚ある時は意識が外に向くのを防ぐために、周りの音を防ぐ。ノイズキャンセラーつきのイヤホンをつけてホワイトノイズを流す。静かな環境で火に向かえば、頭や耳にむく緊張は少し和らぐ。

火を使わず調理するレシピもいろいろ出ていると、調理好きな友人に教わった。火を使わない電気鍋や電子レンジなどで調理するなら、キッチンでの緊張は減らせる。誰かに作ってもらっても、外で弁当を買ってきても、ごはんを食べることはできる。

気がそぞろになり過ぎだ。きょろきょろしすぎ。周りにそう言われながら大人になった。だから「きょろきょろ」しないようにと自分の行動をかなりしばってきた。けれど、それも終わり。命に別状ない範囲で、もう少しおおらかに自分を見てあげよう。

自分でじぶんのことを受け入れよう。そして、楽しんでしまえばいい。今の自分が選べるやり方はいくらでもある。そうとわかれば、きょろきょろ、よそ見も自分を責めるネタにはならない。

ようやく、きょろきょろしている自分と仲直りした。トイレブラシの遭難も、掃除機の行倒れもあるけれど、きょろりんな自分も楽しいです、笑って過ごしています。

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