内と外のあいだで感じる、はじまりの「先」~清明の気配

草木が芽吹き、空気の中にも春の気配が満ちていく頃。桜が咲き終わる、この頃に、二十四節季で「清明」を迎えます。

旧暦では、おおよそ「弥生」の頃。
「弥生」とは、「いよいよ、ついに、生い茂る」という意味があるという。

少し前まで静かだった内側の世界から、ゆっくりと何かが、外の世界へと現れはじめるとき。

はじめたい気持ちや、おしまいにしたはずの思いが、輪郭を持ったり、また淡くなったり。揺らいでいる気配を感じている方もいるかもしれません。

はじまりの「先」が、すこし見えてくる

春は「はじまりの季節」といわれます。
新年度がはじまり、まわりの空気も変わりはじめる頃。

そのはじまりが「どこへ向かっているのか」とか。
「何を育てたい(どうなりたい)と思っているのか」とか。
少しずつ、見えてくるような時期でもあります。

だからこそ、焦る気持ちやざわつきが、自分のなかにあらわれてくることもある。

「変わらなきゃ」
「はじめなきゃ」
「でもな……」

そんな風に、内と外の間で揺れを感じることもある、かもしれない。

でも、焦ったり、揺れたりしてしまうのは、それだけ「はじめたい気持ちがある」から。
あるいは、まだ静かにしていたいという内側の声と、周囲の「はじまるぞ」という空気とのあいだで、小さな違和感を感じているのかもしれません。

清明の頃は、内にある流れと、外で起きている変化。
動きと静けさ、そのどちらにも気づきやすくなる時期です。

「春」の気配を、自分の感覚でうけとめる

今の自分が、どんなふうに「春」を迎えているのか。
どんな芽吹きが、静かにはじまりつつあるのか。

そっと感じてみる。想像してみる。
その中で、少しずつ「これかな」と思える形が見えてくることもある。

気持ちのよい日に、春の景色の中で空を見上げながら、なんとなく「未来」を思い浮かべてみてください。
気持ちよく過ごせる場所で想像した未来は、ふしぎと、気持ちよく感じられることが多いもの。

どんな未来の景色が浮かんできそうですか?

ことばにしようとしなくても大丈夫。
浮かんでくるイメージの断片、それ自体が大切なサイン。

花の下に立ち、空を見上げるひととき。
その時間の中で、あなたが感じる「未来の気配」に、そっと耳をすませてみてください。

もし。はっきりした形が見えなかったとしても、感じていることのなかに、次の一歩のヒントが眠っていることがあります。(だから、焦らない)

この春、あなたの中で芽吹き始めたもの。
その芽が、どんな方向へ伸びていこうとしているのか。

それが、確かに。あなたの内にある。
そう思いながら、自分の内側をみつめてみてください。

「自分の内側をみつめる」とは?

自分の内側をみつめること。
それは、そっと静かな呼吸で、内側に起きていることを感じようとすること。

まるで壁の際から顔をのぞかせて、
隠れるように向こうの景色を見つめているのに似ています。

みつからないように、そっと。
今、そこで起きていることに気づこうとするように。

春の終わりと、夏のはじまりが混じり合うこの季節。
あなたの内にある小さな芽吹きも、きっと今、静かに動きはじめているのだと思います。

その気配を、大切に。
日々の中で、ほんの少しでも手を添えるようにしてみてください。

あなたの春が、あなたらしいリズムで深まっていきますように。

それでは、またね。
田村洋子でした。

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