文句たれなわたしが降臨した夜に

文句たれとは、文句をたれ流してる人のようすを指す方言(なんだろうか……)。その文句たれが、この夜、わたしに降臨した。

わたしが、文句たれになってる。

文句たれなわたしが降臨するのは、夜の時間帯が多い。一日、昼間の活動を終えてひと段落したあと、ゆったりとお風呂にでも入ろうかとおもう直前の時間帯だ。

お風呂にでも入ろうかと思う時間帯は、今日いちにちを頑張った自分のクライマックス。
疲れやら飲み込んだ思いやらが、ほわっと思い出される時間。

そして、日中に無理をしてきた反動で、文句たれなわたしになる。
(だったら、日中に無理ながまんをやめればいいのだけれど。自動操縦するように、無意識のうちにしたがまんを時間差で思い出す)

自分の心にゆとりがないと感じるときは、さっさとお風呂に入ってゆったりと身体をゆるめて。さっさと心地よく眠る!と決めて動くのだけど、

今夜は、文句たれなわたしとおつきあい。ひとり、ぼそぼそと文句を垂れてみる。

(駅までの帰り道を遠回りして、花のかおりをみつけたときはすっごくご機嫌にしていたはずなのに、おかしいな)

今日一日を終えて疲れや無理が一定量を越えていたら「文句たれ」がお出ましするようだ。

八重咲のクチナシ!あまいかおりも伝わればいいのに

今日、あれこれ文句たれてる内容は、要するに一言でいうならば「なんちゃらさんが、△△をしてくれない!」ってことに尽きる。

なんちゃらさんが、わたしのことばを聞いてくれなかった。とか
(もうちょっと違う反応を見せながら、聞いてくれてもいいんじゃない?!)

なんとかさんの都合で、わたしの都合を変更させやがって。とか
(わたしははじめの予定でいきたかったのに、どうして変更するの?!)

などなど。

複数人の「なんちゃらさん」が、それぞれの場面で。わたしをないがしろにしているように思えて、そのことに文句を重ねているわたし。

文句は、別の文句を連れてくる。

ひとつの文句をきっかけにして、あれこれの文句が思い出されてくる。自分自身が飲み込むと決めたはずの文句も、ついでだとばかりにたれてくる。

意識が「文句(自分にとって不本意で、ことばでなんとか吐き出しておきたい。グチ)」へ向いたら、その「文句」のひとつに吸い寄せられるようにして、次々と文句が集まってくる。

だから、意識を「文句」から離す。

そして、ここまでに浮かび上がった文句を、わたし自身のために使える問いかけへと変える。

「文句」は自分自身の心を知るきっかけにできる。
問いかけに変えることで、自分を育てる肥料になる。

なんちゃらさんが、わたしのことばを聞いてくれなかった。のは、

わたしが、なんちゃらさんのことばを聞いていなかったからかもしれないし、
わたしが、わたし自身のことばを聞いていなかったからかもしれない。

だとしたら、わたしは何を聞いていなかった?

文句になるのは、わたし自身が自分とおはなししきれていなかったから。わたし自身の思いをくみ取らず、自分以外のものに判断を譲ったから(しかも、盲目的に)。

わたしは、わたしに何を伝えたかった?
 どんなことを(無意識、自分自身が意識していない状態で)がまんして他人に盲目的に従った?

それとも、
わたしはなんちゃらさんに認められたかったの?
 認められて、どんな感じになりたかった?
 認められたら、どんな感じになるような気がしている?

なんちゃらさんの都合で、わたしの都合を変更して。そのことに「変更しやがって」と強めの言葉が出て来るということは、元の予定をわたしは全うしたかったんだよね?
 なぜ、なんのために元の予定を全うしたかったの?

 なのに、どうして予定変更したの?
 変更したのは、わたし自身だよ!?
(なんちゃらさんはきっかけに過ぎず、決めたのはわたし自身だよね)

出てきていた文句をきっかけに、わたし自身がわたしとおはなしするための問いかけに変えていく。

「なんちゃらさんが、わたしをないがしろにしている」と感じるのは、わたし自身がわたしをないがしろにしているから。

わたしは、どんな風に/何について、わたし自身をないがしろにしている?

「文句」で見えていたものを問いかけに変えて、じっくり、ゆっくり。
わたしの心をのぞき込み、自分自身のことばをみつける。
身体の感覚をセンサーにして、自分のようすを感じ取ろうとする。

「まず、ひと区切り」と感じられたら、お風呂へ行こう。

お風呂の中は、自分の素肌に触れやすい。
自分の手のひらで直接、自分の皮膚に触れてみる。自分の身体をなでさする。
自分の腕で、自分の身体を抱きしめる。

「今日も、わたしはがんばった。よくやった。今日もいちにちありがとう。そして明日もよろしくね」

さっきまで、文句たれになっていたわたしの口を使って、わたしの身体に触れながら「ありがとう」を伝えていく。

そうしたら、文句たれは卒業できる。文句たれはおしまい、と決める。
(何かをきっかけに、また、文句たれが降臨するかもしれないけれど……)

お風呂ですっきり、身体の力みも緩めて。
真っ暗にした寝室で、眠る。

眠ることで心の内が整えられていく。

今の、この文句たれのわたしも、それを受取って自分のようすを確認できたわたしも、身体をとおして「ありがとう」を伝えたわたしも。
いろんなわたしが全部、あるべき内へと落ち着いていく。

そして、目を覚ましたら、あたらしい明日が始められる。

おやすみなさい

お告げ師でカウンセラー 田村洋子でした
それでは、またね

そして、迎えた翌朝のおはなしは●自然な「わたし」はどんな感じ? 自然なわたしで今日をはじめる

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田村 洋子

五感覚醒コーチ。まるごとのじぶんを自然体に生きるためのパーソナルコーチ*旧暦とマヤ暦、食や花で今を感じる話し手*心理学講師*周波数調整するエネルギーワーカー 、呼吸と瞑想法
●見えないものを見える形に◆笑顔ではなうた、おいしいごはん
・カウンセラー根本裕幸氏お弟子さん制度卒
・活動地は東京、時々大阪、時々山の中

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