実際に起きた出来事、事実を、どう受け止めるかはその人次第。
事実は、事実。ただそれだけで。そこに、意味はなんにもない。感情もついてこない。
ただ、それがあった。
それだけのこと。
けれど、人は「事実」で感情や思考を動かされる。そして、そこに意味が生まれ「真実」となる。人の数だけ、真実がある。
だから「真実」は自分で書き換えていける。
*
と、小難しく書いてみましたが。「事実に意味づけをしているのは、自分だよ」と覚えておくと、ご機嫌を取り戻すきっかけをつくれるよ。真実を書き換えていけるよ。というおはなしでした。
書きたいのに、忘れてしまう気がしたから、急いでボイスメモ(がわりにstand.fmで収録)。
今日。スカートを破ってしまた。
お気に入りのスカートのサイドポケットの付近が、5センチくらい。ざくっと、びりっと。
それで、今日は自分のはいているスカートが視界に入るたびに「なんと、わたしは運がない……」としょんぼりしていたのでした。なんと、運がないわたし。
しょんぼりしていたら、次々と思い出すのは「不運(かもしれない)」な出来事たち。
そういえば、電車に乗り遅れたな。
そういえば、お気に入りのおやつを買い損ねたな。
そういえば、今日は工事の音がやたらと大きかったな。
そういえば、そういえば……。
はじめは、スカートを破ってしまったしょんぼり度合いが3とか4くらいだった。それなのに、みるみると「そういえば」でふくらんでいって、しょんぼり度合いは8とか9に!
(ちなみに、わたしの中のしょんぼり度合いが10を超えると、ふて寝をしたり、ひとり大暴れしたりしたくなる)
でも、なにか違う。
わたしは、しょんぼりしたいわけじゃなくて、お気に入りのスカートが破れて悲しかった!!!と「誰か」に聞いてもらいたかった。
その「誰か」はだれ? あの人か、この人か。それともパートナーさんたちか。
……いや。
「誰か」は、自分自身だ。
わたしは、わたし自身に「悲しかったの!!!!」「悲しかったね」とやりとりしたかった。
悲しいね。悲しかったね。
そうか、悲しかったんだね。
うん、悲しかったよ。
そうして、自分の内で「悲しかった」を満足したら
このスカート、どうする?
と作戦会議を、自分と自分自身とでやりたかったんだ。
それと、わかりはじめたころに、思い出した。
事実は、何色でもない。事実に意味づけをするのは、人の感情や思考だ。
だったら、
運がないわけがない(運がいいとか、よろしくないとか。関係ない)。自分自身が、その事実をどう受け止めるか!ただそれだけなんだ。
と思い出し、音声を残してみた。
そして、今日を振り返ってみたら……いいことも、いろいろあったんだよな。
だから「不運だ」とか、しょんぼりとか。やり続ける必要はなかった。
わたし、ご機嫌でいられる出来事(事実)を、あれこれ思い出せるじゃない。
事実は、事実。ただそれだけがある。
それに、どういった意味を持たせるか。解釈は、その人次第。
人の数だけ、意味が生まれる。
だとしたら、
自分はその「事実」に何を見たい?
どんな風に受け止める?
そして、どんな気分で過ごしていきたい?
どんな世界をみつめる人でいる??
そうして、真実を書き換えて、より自分そのものを生きる。
*
お告げ師でカウンセラー 田村洋子でした。
では、またね。
***
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