足を止めるために考えこんでいる、としたら? 人を頼って動き始める

月に一度は、おみくじをひいている。おみくじをひくためだけに寺社へ行くこともあるくらい、おみくじが好きだ。

先日、行ってきた鞍馬寺でも、当然みたいにおみくじをひいた。
……結果。半吉。

おみくじは「大吉」や「吉」といった運勢をあらわしてくれる。
吉が半分だという「半吉」なら、エネルギー的な動きはあまりなさそう。「今のまま着々と動いてみよう」と言われていると解釈した。

そして、じっくりと。おみくじの内容を読み込む。

「我をたてすぎることが欠点である」
これ、一番、わたしの心に残った。

意地のはり過ぎ、注意!ということね。
完ぺき主義さんの癖「石橋をたたいて渡ろう」が行き過ぎて、石橋をたたき壊すまでたたこうとしているから、気をつけてと言われているのかもしれない。

この3週間ほど毎日。作っては壊し。消しては書いてを繰り返している文章がある。

どの形がもっとも、自分の感覚にしっくりと来るか。
なかなか、自分で「よし」と出来ずに、繰り返し表現を変えて、自分の感覚と言葉とを比べながら、いちばん、しっくりと来る表現を探している。

この文章ができるまでは(自分で、完成できたと思えるまでは)
人には見せまいと思っていた文章だったけれど……これが、もしかしたら。たたき壊そうとしている石橋なのかもしれない。

と、気づいたならば。そろそろ、あの文章は人に見てもらおうか。

見てもらったら、その次の何かへと動きはじまる。

おみくじひとつで、自分を振り返る

8割くらい完成だと自分が思えたら、完全なものを見せねばと意地を張らずに人に見てもらおう。

やっと、そう思いついたものの、まだ。往生際悪く、文章をつついては直し、違う表現を探し。より、しっくりと自分に馴染む表現を探している。
まだ、人には見せられない。だいぶ、違和感は減っているけど。

もうちょっとだけ。あと少し。

気のすむまで手を入れて、今をやりきったら、提出しようか。
……もしかしたら。この「どこまでいけば完成か」の気分を味わいたくて、もたもた、うきうき。文章をつついているのかもしれない。
(と、また。気分がどこかへ逃げていく)

動きたくない、動けないを味わおうとしてる。

ほんとうに、それで行く? 自分に嘘はついていない?

こちらをじいっとみつめるトラさんと目が合いながら。トラの目のまま、目の前にいた自分を眺めていた気分。

再確認して、足を出す。次へと向かう。
向かうならば。
そろそろ、人の手を借りようか。

足を止める。動きたくない。
止めるならば。
何のために足を止めるか、人の手を借りてみつけ直そうか。ひとつずつ、考えを追いかける。

……さて、どうしたい?
次のじぶんメンテナンスまであと1週間。
その間に、じっくり観察。しっくり行動。


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