時期によって、ゆらぎあるのは自然なこと

体にも、こころにも。
時期によってゆらぎはある。

こころが満たされているな、と感じているとき。
自分のこころにゆとりがあるから、まわりのことも思いやることができる。

まわりのことを見る余裕がないかもな。
なんだか、疲れてる気がする。
そんなときは、じぶんの中を気づかうことを優先する。

今日はさかながおいしかった

体の調子がゆらいでいる事実をみるには、食べ物のおいしさでみるのが一番わかりやすい(わたしの場合)。
食べ物がおいしいか。大好きなものをおいしいと思えるか。それである程度、じぶんの体のようすがわかる。

わたしは、おさかなが大好きだ。
生のおさかなは特にいい。日本酒、ちょっぽりとあわせれば、もう最高。

けれど、花粉症の症状がひどく出ている時期には、おさかな大好きとは言いづらくなる。
花粉症の季節まっただなかにおさかなを食べると、アレルギー症状が激しくなってしまう。
(花粉症のひとが必ず生さかなが食べづらくなるわけではない。あくまでも、わたしの場合)
だから、大好きなおさかなですら、おいしいかどうかわからなくなってしまう。

こころのようすも、きっと、同じような感じだろう。

こころの調子が少し落ちてきているときは、じぶんのことだけでエネルギーは手一杯。周りのことまで気を配るゆとりないのが当たり前。

そうだとすれば、周りのことまできづかう余裕がないな。疲れてきてるな。というときは、じぶんのことを気遣う時間を持ってみる。

今は、じぶんのことを大切にする時間。とわりきるとき。
じぶんのことを大切に。じぶんのことを第一に気づかおう。

じぶんのために時間をとって。楽しんだり、ゆっくりしたり。眠ったり。
ひとりの時間を大切にする。

そのうち、気がついたら。まわりのことへも目を向けはじめているはずだから。
今は、じぶん一番をこころがけよう。

まわりのことより、自分を一番に、優先してみることをこころがける時期がある。
そして、その時期が過ぎれば。
まわりのことも見渡しながら進むことのできるときがくる。

自然界のものは、すべてゆらぎのなかにある。
ひとつとして、まったく同じ様子にとどまるものはない。

花粉症の症状がおさまった。
きょうは、おさかながとてもおいしかった。
やっと、生さかなをおいしく食べられる季節がきた。

それと同じように。

こころの不安定さもおちつきの時間が増えてきた。
まわりを見渡すゆとりもでた。
じぶんのこと以外にも、なにかやっていこうかな。
  そのときどきに、ゆらぐこころの様子をみながら、ふるまいの程度を調節すればなんとかなる。

ゆらぎをそれなりに、乗りこなしながら、現実を生きる。

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