「直観」を感じて、自分を知る

「直観」はこころの奥底(潜在意識)から、自分の思いや素のじぶんをひっぱりあげる力があると、わたしは信じている。

そして「直観」は、五感を超えた感覚とつながる。
皮膚の感覚のその向こうや、耳に聴こえる音の奥。人の存在からゆらりと出てくる気配から感じとれる。

身体の感覚を意識するように訓練すると、直感を使える頻度が高くなる。

考え事やたくさんの情報たちにとりかこまれていると、その「直観」はにぶくなる。どうしても、頭がうごいてくるから、身体の感覚にまで意識が回りづらくなる。

「直観」をはたらかせるなら、毎日、なにかしらの訓練が必要だ。筋トレをするように、直感もトレーニングをする。

そのトレーニングのひとつが、瞑想だ。

今のじぶんを感じとることが、瞑想のかたち。じぶんの呼吸に意識を向けて、身体の内側に入っていく。そして、じぶんの身体の奥にある感覚とつながり、考え事はそれとしてながめるだけにする時間をもつ。

静かに内側を向くだけが瞑想ではない。テンポよく一定のリズムで歩くことで、身体を感じ取ることも瞑想。一粒一粒のごはんを感じ取るように、意識を食べものに向けて集中しながら食べることも瞑想。自分の手でじぶんの身体を軽くたたき(タッピング)ながら、自分が体に触れていることを感じ取ることも瞑想。

いつもは自動操縦になっている身体の感覚をあらためて意識することで、思考に傾きゆらぎがちなあたまを「今」に向ける。

「直観」を言葉と結びつけると、自分の思いが意識の表に出やすくなる。言葉として意識の表からながめると、自分でもオリジナルで素なじぶんの形を感じ取れるようになっていく。

ひとりで考えていると、するっと流れてしまう言葉たち。直感がはたらいたとしても、言葉として出てくる前に消えることも多い。じぶんの内に起きるざわめきは気づきづらい。

他の人と話をするなかで感じる「直観」や身体のざわめきは、もやもやした感覚などでとらえることができる。その感覚を頼りにし、自分の思いや素のじぶんを言葉に変えて、表に出す。

と、文章にしてみて。随分と複雑なことを、あたまのなかで自動操縦のように。意識もしないうちに、ぱぱぱっと「言葉に変える」ことをしているのだなと思う。

自動操縦になっているから、なかなか、内にあるモノを言葉に変える手順や感覚を細かに眺めることがない。意識して、ゆっくりと感覚を追いかけても、その手順の全てを追いかけられたかは疑問。

それでも、知らずにぱぱっとやっているときよりは、意識できることは増えてくる。

毎回、そうやって意識し続けることは難しい。自動操縦するように、意識せずにできることには意味があるから。

だから、せめてと。わたしはノートやカードを開く。直感のままに、単語やイメージを書き連ねる。カードを開いて感じたイメージをたどる。

思い浮かぶ単語やイメージを追いかけながら、じぶんの奥にあるものを探る。行ったり来たり。じぶんの内で動く感覚をつかみながら、言葉として意識の表に引き出してくる。

「直観」を感じて、じぶんを知る。

直感から言葉を捕まえるのは、波のすき間に手をいれることに似る


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