ぴたぴたと雨だれの音をききながら、妙な夢を見た。お昼寝しながら、見た。入れ子式になっていた夢。
◇◇◇
ぬかるみの中を歩いて、足元は泥だらけ。泥をはね上げないように、気をつけて靴を脱ぎ、料理屋さんの席にそっともどる。
車止めから表玄関に回って、いつもの席に着くのはちょっと遠回り。久しぶりに彼とごはんをたべるから、早く会いたい。庭をとおって、大急ぎでいつもの席にむかった。これで数分、早く会える。
そこまで急いで席に着いたのに、彼は席に居なかった。煙草を吸いに出たのか、荷物だけがテーブルの脇に置いてある。
料理屋さんの昼時は、とても混み合う。はじめに案内された6人掛けの席は、ふたりで座るにはもったいない。店員さんに申し出て、隣にある変形型のテーブルにうつる。柱の位置関係もあって、こちらの席は少し窮屈な4人掛け。彼とふたり、食事をするならこちらでもかまわない。彼の荷物も、隣へうつす。
急いできたのに、まだ彼は戻らない。
わたしも、一度、身なりを整えに出た。鏡をながめた、今日もわたしのいつもの顔がそこにいた。
そろそろ彼は戻ったかな。
席に戻ると、わたしの席の右隣に、お姉さんが座っていた。彼女とは、家のある街でわたしがよく行くバーで、ひとことふたこと、たまに言葉を交わす。姿はよく見る。ほこほこと、笑う声がかわいらしくてキップもよくて、素敵な彼女。わたしは出張で、しばらく他の街に出ていたから、会うのは久しぶり。
どうしてここにいるのかと、声をかけようとしたら、彼女からあやまられる。切り込むように、悲しそうに、切羽詰まった声で、叫ぶように、彼女からの声が耳に届く。
「ごめんなさい。勝手に好きになってごめんなさい。悪いのは私です。あやまりたくてここに来ました。ふたりでやっていきたいんです」
?
しばらくすると、彼が席に戻ってきた。わたしと彼女を見比べて、そっと天を仰ぐ。
ああ、そうか。わたし、じゃないのか。今日、ここで昼ご飯を食べさせたかったのは彼女だったのか。彼が自分で話せばいいのに……言えないから、言わせたのか。
どうして、自分で言わないの。他人に言わせるの。
彼の服をつかんで、きゅうきゅうとしめあげてみる。何を考えているかわからない、彼の顔にいらっとする。
そして、すべてがどうでもよくなった。
好きになるのは勝手。恋に落ちるのも勝手。恋は、自分で止められるものではないから、仕方がない。
そして、その恋を実らせたかったんだよね。ふたりとも。そして、ふたりだけの世界を作っていきたかったのね。
わたしはそこまでの気持ちを人に対して持てないから、どうぞどうぞ。お二人で、仲良く。
ねえ、でも一緒に住んでいい?
兄妹が暮らすみたいに、一緒にわたしも住んでいていい?
どうせ、出張がちだからあまり家に戻らないよ。家族が離れるのは、わたしが寂しいから、ふたりと一緒に住みたい。
あ、それは無理なのね。出ていくのは、わたしなのね。わかった。
そうね。恋したものどうし、ふたりが過ごすほうが楽しい。そのほうが、新しい家族をつくるには自然かもしれない。
さて、この顛末。やりとりをどうしてくれよう。
そうそう。わたし、カウンセラーやってたんだ。誰の話といわないから、このおはなし、全部教えて。何を思って、どう感じて、今ここにいるのか。
あなた(彼)が思ったこと感じたことも、すべて話して。あなた(彼女)のことも、全て教えて。そうしてくれたら、いくらでもどうぞ。おふたりで好きにして。
驚きといらだちと。怒りとかなしみと。どこか納得した感覚と。全部がまぜこぜになって、心きゅうきゅうとする。それなのに、わたしはお腹がすいた。
目の前に並ぶごはんを食べながら、ふたりから話を聞く。それでも、主に話すのは彼女。彼は手持ち無沙汰に、ときどき、消した煙草を指でつつく。その一瞬だけ、ごはんのにおいを乗り越えて、ふわっと煙草のにおいが届く。
話を聞いているうちに、おもしろくなってきた。ふたりのなれそめやら恋の進展やら、今日までの流れを確認していく。ぜんっぜん、わたしは気づいていなかった。恋の進展も、彼の気持ちが彼女に傾いていったことも。気づかなかったわたしに、おかしくなる。
これで、またひとつ。糧になった。新しいネタを仕入れた。
そして、頭に浮かんだのは生活費のこと。これからは、おふたりさんから生活費を毎月、少しずつもらいましょうね。と、にやりと嬉しく皮算用。
皮算用している自分に驚いたとたんに、目が覚めた。夢を見ていただけだった。
随分とかなり久しぶりに見た彼の顔は、”元”夫。あんな顔だったなと懐かしさ少々。元夫は2度目の結婚で、子どもも増えて幸せに暮らしてるんだろうなと、同窓会に出たような気持ちになる。彼女もいい人だったし、恋しいどうしで家族が増えていれば、きっと幸せのはず……と思いだして、部屋を見渡した。
この部屋は仙台の部屋。離婚したあと、はじめて住んだ部屋の風景。いまのわたしには記憶にない場所。
ああ、これでわたしの抜け落ちた記憶が戻るのかな。ベッドで背伸びをした。
そうしたら、またまた目が覚めた。
◇◇◇
入れ子式の夢のなか。今度こそ、今住んでいる家のベッドの中。
ベランダに向いた窓が細く開いて、外の公園から子どもの声が聞こえてくる。ふわっとタバコのにおいが、風に交じって部屋に入ってくる。
身体をおこして、枕元にいるくまのぬいぐるみをなでる。たしかに、ここは、今わたしが暮らしている家。わたしの身体の中に、わたしは入っている、目は覚めている。今、ここにいる。
*
そして、意識が戻ってきて笑ってしまう。今日の夢は、わたしの脳のなかにある、いろいろなパーツを使って出来上がってた。
夢で逢っていた彼の顔は、たしかに元夫の顔だった。けれど、バーでよくあっていた彼女は、あの顔ではないし、元夫の再婚したのはあの彼女ではない別の人。
夢の中でごはんを食べていた場所は、修復調査で図面をおこした庭園をもつ古い料亭の離れ。あの料亭は、もう営業されていなかった。テーブルに乗っていたランチは、冬に食べたイタリアン居酒屋でのコース料理の一部。
本当の記憶と、つくられた何かとが入り混じった世界。
***
いつみても、何を視ても。寝ている時にみる夢はおもしろい。そのときの自分が持っている感情のほころび、記憶のかけらの整とん。夢の中で巻きあがってくる感覚は、今をのわたしが見ようとしているものかもしれない。
今回の、この変な夢。わたしは、心の奥で感じてたことを知る。
家族を自分から切り離す痛み。
深い恋ができない(と信じている)自分への劣等感。
苦しくてしんどい時ほど、機械のように観察を始める自分自身へのいら立ち。
こころの下で荒れ狂っている、自分の感情のうねりを表現できないことへの不満。
夢を見たおかげで、知れた自分の奥にあった感覚。感情、思い。いろいろなことを思い出せた。おかげで、心がくっきりさっぱりとした。そして、思う。あの荒れ狂っている感情のうねり、どうやれば表にでて来れるのだろうか。
寝起きのあたまも動き出したころ、くうっとお腹が鳴った。現実に戻れて、ほっとした。
そんなお休みの日の、寝起きの時間。
ふわーっと深呼吸したら、花のかおり。