モノコトを選ぶ、決める時に心がけてること。それは、選ばなかったものを投げ捨ててしまわないってこと。選ばなかったものを、そこに、そっと置いておくこと。
選ばなかった選択肢を全て捨てようと、極端なふるまいをすると、選ばなかった(選んだ)後での気分の揺り戻しや申し訳なさが大きくなるように、わたしは思う。選ぶことに慣れていないうちは、特に。
選ぶときは、選んだ選択肢へ意識を向けて、指差し確認をしている感じ。
選んだ後は、選んだ側のものに指を触れて、みつめながら歩いていくような感じ。
(そんな風に、わたしは感じてる)
何かを選ぶ瞬間に、選ぶものはひとつだ。選ばないものは、複数たくさんある。
(選ぶことを繰り返して、複数のものを順に選ぶこともあるけれど、選ぶ行為の瞬間は常に一つを選んでる)
選ばなかった、その複数たくさんのものは、投げ捨てたり、無理に手放そうとしたり、失くそうとしたりはしない。そこにそっと置いておく。
選ばなかったものを、消そうとしない。投げ捨ててしまわない。無理に手放そうとしない。
そこにエネルギーを使うより、選んだものを愛でることにエネルギーを使う。
今、この時に選んだものにエネルギーをかけていくうちに、時が過ぎ。選ばなかったものは、いつの間にか遠く離れていて、興味が薄れてたと気づく。興味が薄れてなくて、また選びたかったら、その時、また選んだっていい。
ゆらゆら、気分も揺れるから。何度も、進んだ先で、都度、選び直せばいい。
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自分の願いや望み、ビジョンによって、自分の選びたいものは変わる。選ぶものも変わる。
何かを選ぶ基準の大枠は変わらないかもしれないけれど、それでも時間と共に、自分の選びたいものは変わる。
何を選びたいか。何を心地よいと感じるか。
どんな景色を見たいと思うか。
気分も体調も、季節も揺れているのだから、その時に自分の選ぶものも、感じ方も変わっていく。
だから、選ばなかったものの存在をなかったことにしない。
いつか選ぶかもしれないから。思いついたことにも、何か意味を持ってるから。
選び取らなかったものを、わざわざ悪者にしない、捨てない、手放さない。選ばなかった、そのまま。そこにそっと置いておく。
そっと置いていった、選ばなかったもの達は多様な価値を受け入れていく心を育てる肥料となる。「なんでもあり」と思える土台を作ってくれる。なんでもあり!が増えてくると、大丈夫!と思えるタイミングが増える。その「大丈夫!」って感じが選んだものへ向かって歩いてくじぶんを支えてくれる。
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それでは、またね
田村洋子でした
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