[秋の彼岸]におはぎを供えて遠くを思う

今日は秋のお彼岸。おはぎをお供えして。ここにいる私にまで命をつないできてくれた父や祖父母やご先祖さま達のことを思ってみる。お墓参りにはゆけないけれど、空をとおして心は届くと信じている。遠くから、そっと祈る。

お彼岸は、少ししんみりと亡くした人をしのぶ日にもなる。亡くした悲しみを思い出しながらも、より多くの嬉しかったことを思い出す。今は会えないけれど、一緒にいることができた時間や会えていたときのことを大切に思う。

5年前の秋、ひとつの命を見送った。無力な自分を残念におもって苦しい時もあった。悲しみも大きかった。けれど、毎年、時間を重ねるとともに、悲しみの下にかくされていた嬉しさや喜びを思い出せるようになってきた。

亡くしたことは悲しかったけれど、会えたことはとても嬉しかった。一緒に居られた時間は短かったけれど、それでも喜ばしく愛おしかった。思い出すと、まだ泣くけれど、でももう私は大丈夫。これから私の感じるたくさんの楽しいこと嬉しいこと、悲しいことイラッとすること。全部かかえて寿命の先に、見えない世界のどこかで、また会えることを楽しみにしている。

涼しくなったこのときに、少ししんみりと静かに思い出したたくさんのことが、私のがんばりたい気持ちを支える力になる。過去の過去からずっとつながってきて、今ここにある自分をおもいながら、ゆっくり、のんびりとすごす。

のんびり過ごしてみることで、身体と頭に染みついているいつもの日常のあいだに、すき間を少しつくろう。

すき間ができれば、そこに新しいものをひろげられる。きゅうきゅう詰めておいた過去を、一度、ひっぱりだして整理することもできる。日常だけでは手を届かせづらいものことを、改めて思うことができる。望む未来の形を自分で振り返ることができる。

なりたいもの、やりたいこと、ささやかな望みであっても、自分自身が望むものへ向かう姿を誰もが応援したくなる。生きている人だけでなく、過去の過去から続く見えない力たちも応援してくれる。それは安心できる力になる。

だから、張り切っていこう。

おはぎ作ったよと妹から写真届く。

そして、きょうは秋分で、昼と夜の長さが理論上同じになっている日。陽と陰とがはんぶんこされている日。天のエネルギーから見ても、おもしろき日。

夏はとっても活動的にエネルギーたっぷりと動いていた。魂が強烈に動いていた。外へ向こう外へ動こうとした季節。そんな夏から冬へむかって魂は静まっていく。内に向かってエネルギーが向き始める時、魂がしずまっていく季節に向かう。

秋分の日は、夏と冬のまんなかあたり。外へ向きたいエネルギーと内へ向かうエネルギーとが入れ替わるとき。

エネルギーの向きが外から内へと入れ替わるときには、流れが変わることで不安定さがみえることもある。中間にいるからこそバランスよくいられる感じもある。今ある感覚がどこで落ち着くことを目指しているかをつかむために、身体と心のようすをいつもより詳しく確認してみる。丁寧に自分自身に向き合う。

今、ここにあるものだけでは流れの向きは見えないかもしれない。
この1か月くらいのことも思いながら、今のようすを眺めておく。そして、これから自分が目指す冬に向けて行く先を確認する。自分がむかうエネルギーの方向を確認する。見つめ直したその先に、自分自身の姿があらわれる。

あらわれた自分自身の姿は、同じようにあらわれてきた他の人にとっての「自分自身」と重なり合って、より大きなうねりが広がる。 天が形をとって応援してくれる。

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