頑張って「ぼんやり」過ごす

いつも、あれこれ目標を持って行動したり、自分なりの計画に向かって頑張っていたり。
それが続いて、さて。
やりたいこと、やった。目標にしていたことを、かなえた!となってみたら、次にどうしていいかがわからなくなった。

動かなきゃ、と思うのに、次にどうしていいかの見当がつかない。

そんなときは、
「ぼんやり、ぼーっとする」を頑張ってみる。頑張って「ぼんやり」過ごす。

目標や計画に向かって頑張ってきている時は、頭の指令によって身体を動かしていただろう。何を感じているかは、脇に置いて。目標や計画を、ひとつひとつ、埋めていくようなそんな感じ。

次にどうしていいかの見当がつかなくなるほどに、目標や計画をある段階までかなえられたときは、頭が連れて行った身体だけが目標や計画を達成できている。でも、感情はまだそこに追いつけていない。

だから、感情が今の「(目標や計画の)かなっている」感じに追いつくまで、「かなっている今」を味わう。

目標や計画に向かって進めている時は頭や行動力が優勢になっていて、感覚のことはちょっと忘れ気味だったから。「かなっている今」を味わうときは、おおげさなくらいに、じっくりと味わう。これまでよりも長めの余白を作って、感覚を待ってみる。

そこで、頑張ってみたいのは「ぼんやり、ぼーっとする」こと。

目標や計画を目指して動いている時は、隙間なく着々と重ねて、ゴールを目指していた。感覚や感じているモノコトのことなんて、考えもしなかったかもしれない。

だからこの次は「ぼんやり、ぼーっと」を頑張ってみる。

ぼんやり、ぼーっとを頑張っている感覚がなくなるほど自然に。「ぼんやり、ぼーっと」ができるようになったとき、「かなっている今」に感覚が追いつく。身体と感覚とが重なる。

ここで、気をつけておきたいのは、感覚の強度のこと。

目標や計画を目指しているときよりも、もっとゆるやかで平らな感覚。ささやかで、ほんの少しの色合いの違い、ぬるっと動くから、じっと見ていないと気づけないくらいの感覚。

だから、刺激的な感覚、強い感覚を探すのではなくて、これまでだととらえられなかったくらいのささやかで、小さな感覚の違いに目をやる。

ぼんやり、ぼーっと過ごすことで、小さな感覚を見つけやすくなる。

じーっと。内側に出て来る感覚をみつめる。よい変化、嬉しい違いを探す。

目標や計画のかなっている身体に、感覚も追いついてきたとき(ぼんやり、ぼーっとが頑張らずとも身に着いたとき)。その頃には、次のことにむけて動き始めている自分に気がつくかもしれない。

だから、まずは。
「ぼんやり、ぼーっとする」を頑張ってみる。

「ぼんやり」と「頑張る」が、なんだかちぐはぐに思えるのだけれど。頑張り屋さんは「ぼんやり」に慣れていないから、「ぼんやりを頑張る」といった表現がしっくりくるように思っている。

頑張って「ぼんやり」過ごしてみる。

そして、かなっている感覚が身体や今に追いつくのを待つ。

花がひらくのをじっと待つのに似ている

……実は、ここまで書いた内容は、本日の個人セッション90分を終えたTさまへ送った「セッション後のまとめメール」の一部に加筆したもの。

田村洋子の個人セッション60分/90分を終えた後に、その日の「まとめメール」を1通送っている。その内容は、今日おはなしいただいた内容と前回のおはなし内容とのよき変化や、次への取り組みでの着目点。場合によっては、参考になりそうなブログや書物の案内など多岐。

こんな感じで個人セッション、やっています。

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