「当たり前」を見直す

「当たり前」だと思っていることは、これまでの自分が育った環境でつくられた価値観。だから、今の自分にあうように「当たり前」を変えていけるし、変えていい。

桃にかじりついたら、こりっと音がした。

そのまま、種に向かってかりかりとかじっていく。音が聞こえるくらい固い桃を、皮つきのままで食べる。

切り分けて食べるより、ひとつをまるごとかじっている感じが好きで、今日は洗ったままで口にした。

今日食べたのは、ワッサーという品種で、固めの果肉が特徴とされる桃。たまたま、近所にある野菜の直売所で売られていたのに気がついて3個、買った。このワッサーは、出張で長野に通っていたころに、地元の果実農園さんの直売所で買っていた品種。わたしにとって、懐かしい記憶のある桃。
※8/6修正:[誤]ワッシャー ⇒[正] ワッサー

はじめて、この桃にあったとき。ナイフで皮をむいて食べようとした。そうしたら「もったいない!」と全力で止められた。

「これは皮のまま、がぶっとかじりついて食べるとおいしいんだよ」

わたしにとって桃は、皮をむいて食べるものだったから、そのままかじりつくなんて思いもしなかった。

そういえば、初めてのお盆に元夫の実家で桃をむいたことを思い出した。

桃を切ってお客さんに出してほしいと頼まれて、台所で一生懸命、桃をむいた。固い桃がほとんどだったので、やわらかな桃を選んで、せっせとむいた。

そうしてお客さんに出した、皮がむかれたくし切りのやわらかな桃は、お客様にも家族のにも評判がよろしくなかった。「お客に出すなら、固い桃だけにして」と言われた。

あの場での「当たり前」は『固い桃を、皮ごと。くし切りにして皿にのせて並べる』ことだった。

「皮付きのままでいいんだよ、ここが一番かおりが良くて桃の味がしておいしいからね」と、義母に教えられながら、桃を切りなおした。今度は、固い桃を皮ごと、くし切りに。

「当たり前」のことは、気にも留めていない。だから、他の人と違っていることなんて思いもよらない。

たまたま、何かのきっかけがあって「当たり前」が当たり前でなかったと知る。

その時が、チャンスだ。

わたしにとって、何を「当たり前」にしたいか。考える機会ができる。

いろいろな「当たり前」があって、自分と違う「当たり前」に出会うときは、たのしいことを増やすチャンスかもしれない。

「当たり前」に、とまどったとき。
自分は何を採用して「当たり前」にしてみたいか、考える。

皮つきでくし切り。手前は水切りヨーグルトとはちみつかけてみた。

やわらかな桃をむいて食べるもおいしいけれど、固い桃を皮つきのまま食べるのもおいしい。

これが、今のわたしの「当たり前」になった。


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