ご相談◆生きていてよかったと思うには。へのお返事

Aさん、口にしづらい感覚を言葉にしてくださり、ありがとうございます。死ぬことと生きることは、裏表である、と私は思うのです。

はじめまして。30代女です。

私はずっと、いつ死んでも構わないと思いながら生きてきました。何も苦しまずに今すぐ死ねると言われたらどんな瞬間でも迷わず死ぬことを選ぶと思います。
生きていてよかったと思ったことがありません。

生きていなきゃいけないとしたらその上でまあまあ楽しかったことはありますが、だから生きていたいというほどではありません。

働いた方がよいと思うから働いていて、働かなきゃいけないという前提のなかでは、よくぞここまで楽しい仕事を見つけられたと思える仕事についていますが、だからといって生きていて楽しいまで思えません。

恋愛には強い憧れがあったのですが、トラウマとしか言いようがない経験を複数してしまい、なんの自信も希望も持てなくなったので、欲望も封印しました。

死にたいと思いながら生きていることは、恥ずかしいという感覚があり、人には悟られないようにしています。

両親に死にたい旨を言うことはありますが家にいる小さな甥っ子に聞かれたらかわいそうだという感覚もあります。

いつも死にたいと思ってしまっていることを知られてはいけないという罪悪感もあります。

勇気がなくて死ねないことは経験上わかっています。どうやって生きていけば良いでしょうか。

死にたいと思いながら生き方にこだわっている気がする自分にわずかな希望だけ感じます。

なかなか言いづらいことですが、宜しくお願い致します。

Aさんは「生きること」をとても大切にされているのですね。生きることに、とっても大きなあこがれや希望を持っている。心の底から「生きる」ことをしたくて、今はその準備をされているのかもしれません。

Aさんは生きる才能にあふれた方です

> 死にたいと思いながら生き方にこだわっている気がする自分にわずかな希望だけ感じます。

生き方にこだわっていること。それは、Aさんの素敵ですごいところ(そして、生き方にこだわっている自分の素晴らしさに、Aさんご自身も気づいていますよね)。だから、わずかではなくて大きな希望がある!とわたしは思います。

そして、なによりAさんは優しい。小さな甥っ子さんのことも思いやる、あったかな心の持ち主さん。

しかも、かなりの頑張り屋さん。「働いた方がよいと思うから働いていて」、たのしい仕事もできている。頭の奥に「死にたい」を置いたままで、楽しさも少しは感じているとのことだから、もともとの生命力はかなり大きい。そんな印象を受けました。

これまでのAさんが頑張ってみたこと。考えたこと(死にたい、と思ってしまうことも含めて)。その全てが、Aさんを今。生きる姿の中に置いてくれている。そんなAさんは生きる才能にあふれた方です。ご自身がもっている生命力を、もっと積極的に感じてみてはいかがでしょうか。

「生きる」ハードルを下げてみませんか

Aさんは「生きる」ことや、たのしいことを、とっても良いものだと思いすぎていませんか。Aさんが「生きる」ことに期待をしすぎていて、「生きる」がわからなくなっている可能性があります。

Aさんは100点満点の「生きる」を欲しがっているように、わたしには見えました。

Aさんが欲しいのは、100点満点の「生きる」や「たのしい」だとします。そのとき、100点満点しかいらないと思っていませんか。そうなると、100点のもの以外が目に入らなくなります。もし、Aさんの近くに、10点の「生きる」や5点の「たのしい」があったとしても、100点満点ではないから。はじめから、見なかったことにする。または、100点じゃないのか、とがっかりする。そんな風になっているのかもしれません。

Aさんは、これまで「まあまあ楽しかったこと」を経験してきていますよね。それは100点満点の「楽しい」ではないけれど、「楽しい」がいくらかはあった。

いくらかはあったのだから、「まあまあ楽しかったこと」をいくつも何個もたくさん集めたら、そのうち100点以上になるのではないか。そう、わたしは感じたのです。

はじめから満点の「生きる」や「たのしい」を求めず、小さな「生きる」や「たのしい」を集めながら、日々過ごしていくのはいかがでしょう。

今、そこにある喜びを感じ、
今、そこにあるものに感謝をし、
今、できることにベストを尽くし、
今、幸せを感じる。

ライフワークを生きる方法って私からすれば、それだけを徹底することだと思っています。

魂の底から「そうそうこれ!」と思える「やりたいこと・好きなこと」ってどうしたら見つかるのでしょうか? .根本裕幸オフィシャルブログより

そうすれば、いつの間にか「生きている」ことになるのだとおもいます。

死について考えるのはタブーであるか

> 死にたいと思いながら生きていることは、恥ずかしいという感覚があり 、人には悟られないようにしています。

それは、Aさんが「死にたいと思いながら生きていること」は、普通ではない。人に知られてはいけない。と感じているからかもしれませんね。

一般的には、「死」という言葉には、どこかネガティブなイメージがひっついています。けれど、その方の置かれた状況によっては、やすらぎや安心などを感じる方もいます。

「死」そのものが持つ意味は、ネガティブなものでもポジティブなものでもない。どちらでもないのです。「死」と聞いて、何を感じるか。それだけ。

だから、Aさんが恥ずかしいと思う必要はない、とわたしは思います(違うところからきている恥ずかしさだったら、見当違いのお返事ですね。ごめんなさい)。

死と生とは、裏と表

生きることを知るために、「生」をみる人と「死」を見る人の2種類あるのではないか……これが、わたしの仮説です。

「生きる」ことをみても、「死ぬ」ことをみても。どちらにしても、その人自身の生き方につながっていると思うのです。それを強く感じたのは、レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉を知ったから。

このところずっと、私は生き方を学んでいるつもりだったが、最初からずっと、死に方を学んでいたのだ。

これをみて、わたしは逆に感じたのです。

「このところずっと、私は死に方を学んでいるつもりだったが、最初からずっと、生き方を学んでいたのだ」

わたしも「死」について、物心ついたときから考えてきました。子どもの癖に「死」を口にするなんて、と叱られもしました。それでも、考えることをやめられなかった。「死」をとおして、「生きる」在り方を探していたように思っています。そして、死にたいといいながら、今をたのしく生きている友人を数人知っています。

「生きる」ことをみるために、「死」からみる人もいる。それでもいいのではないかな、と思っています。

なによりも、今。Aさんは生きています!!

死んでいなくて、今を生きています。死にたいと思ったこともありますし、ふと死にたい時もあります。それでも、今、生きています。

死ぬから、生きる。
生きるから、死ぬ。

「死」でも「生」でも、どちらからみても結局は「生きる」につながるのだと思います。

それに、死ぬことって、無理しなくてもいずれ、誰でもできること。時が来れば、死ぬときが来る。それまでは、とりあえず生きてみたので良いのではないでしょうか。

欲望の封印、といてみませんか。

>恋愛には強い憧れがあったのですが、トラウマとしか言いようがない経験を複数してしまい、なんの自信も希望も持てなくなったので、欲望も封印しました。

この部分。Aさんの思いがぎゅっと詰まっているように、わたしは感じます。強い憧れがあったという恋愛や欲望を、封印するのはもったいない。

「恋愛」と「欲望」のなかに、Aさんの「生きていてよかった」が入ってるように感じます。「生きていてよかった」気持ちを封印しているのだから、「死にたい」気持ちがあるのは仕方ない。わたしは、そう思います。

だから、Aさんの生きる力のヒントは、封印したという「恋愛」と「欲望」のなかにあるように思えます。

「恋愛」と「欲望」の封印、解いてみてはいかがでしょうか。

もし、その封印を解いてしまったら、Aさんはどんな生き方をしていると思いますか。どんな気持ちで、どんな人であるようにふるまっているでしょう。

なんでもあり、全ての世界の女王様になった気分で考えてみてくださいね。

このあたりを考えてみると。生きていくたのしさの入り口がみつかるのではないか。と、わたしは思うのです。

そして、もし。Aさんのご気分が向いたなら。ご自身の恋愛を一度ながめてみませんか。

そのときには「どうしようもない男の忘れ方」という記事たちが、参考になるかもしれません。これは、恋愛に向きあった先輩の体験が、心のうごきといっしょに書かれてあるもの。師匠のページに「心の奥に突き刺さる恋愛アスリートからの言葉たち。」として紹介されてあります。

もし「トラウマ」な記憶をよびもどすことで、動悸が激しくなったり身体がこわばるなどの身体的な影響がでる場合もあります。

身体にPTSDの反応が出てくるときは、ご自身で記憶を掘り起こしすぎないこと。無理をせず、心療内科などでお医者さん達から、PTSDについての治療を受けてみてはいかがでしょうか。

Aさんへのメッセージ

「生きること」をとても大切にされているAさんだからこそ、ここまで深く、考えていたのだと思います。 死にたいと思っていても「生きている」 事実が、すでにもう、生きることのはじまりです。

Aさんが封印してきたものを、ご自身で再発見して。いろいろ、たくさんな「たのしい」を数えて重ねて。

「あ、そういえば。わたし、今、生きてるな」と、ふと思える時が増えますように、願っています。

これから、はじまる。

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