ご相談◆生きる意味って何? へのお返事

中学1年生の女性Aさんからの、ご相談がありました。

Aさん、学校でも学校から帰った後も、休みの日にも。たくさん、考えて。ご自分のことも周りのことも頑張ってこられたのですね。

今は、がんばり過ぎてエネルギーが足りなくなっているのかもしれません。少し、お休みしてみませんか。

私は、中1で普通に中学校に通ってますが
生きる意味って何?って最近思ってます。
小学校では生徒会長とかもやってかなり目立ってきました。
それは、学校イベントなどは、準備されたものにただ参加するより、自分が開催?じゃないけど、はじめからつくりあげてやる側のが楽しいし、
人前で話したりするのも大好きだからです。

そして中学校でも副生徒会長までなれました。
でも前に出てする仕事は好きだけど
先輩に優しく声をかけられることが多くなったりしてどこかストレスだったりするような。
無理してるわけじゃないけど、ニコってついしちゃうし、お外に出かけててもプライベートも知られちゃうようで、それもなんか嫌です。
目立つことを自分でしてきたはずなのに、陰キャがうらやましいような。

あとクラスには、相棒みたいな友達もいなく
前期では学級委員もしてたけど、なんか浮いてるような感じです。だから登校拒否したいと思ってます。
生徒会の仕事がある日は学校行く意味があるしまだいいのですが、ない日は本当に行きたくないです。
たまに学校休むことはしてます。
とりあえず2週間不登校をしてみようと思ってます。
でもそれで生きる意味はわかるでしょうか。どうしたら生きる意味がわかるっていうか、そもそもあるの?って感じです。
小学校までは自己肯定感高いって思ってきたし、自信があったのですが、本当に今は生きる意味がわかりません。
私はとってもみんなに愛されてるのもわかってます。
たぶん外の期待が重いのかとも自分で思ってます。

でも先生たちもなるべく私の負担が大きくならないようにとか考えてしてくれてます。
わくわくすること、自分が喜ぶことはいっぱいしてます。他にどうしたらいいと思いますか。

今は、ちょっとお休みしてみませんか

Aさんは、もしかしたら容量オーバーになってしまったのかもしれませんね。

たのしいことをしていたとしても、がんばり過ぎると疲れます。嫌なことをしている時より、疲れを感じないかもしれません。それでも、疲れるのです。

内にあるエネルギーの使い方が変わる時期かもしれない

小学生から中学生になったのですから。通学の場所も変わるし、お友達の顔触れも変わる。Aさん自身が意識していなくても、Aさんの心の奥はたくさんの情報を処理していくのに大忙しです。

また、中学生ころになると、体のようすも変わってゆきます。子どもの身体から、大人の身体へと変化する時期です。それは、まるでイモ虫が蝶々になるくらい、大きな変化です。大きなエネルギーを使います。

イモ虫が蝶々になるときには、さなぎになります。さなぎは、かたい殻のなかで、子どもだった時期のイモ虫の身体を、大人の蝶々の身体に作り替えます。その間、ずっと動きませんし動けません。殻の中だけで変化をしてゆきます。殻の中だけに閉じこめないと大変になるくらい、その変化に大きなエネルギーを必要としているのです。

けれど、ヒトは子どもから大人へと変化する間も、活動しています。身体を変えるエネルギーを使いながら、それでも、いつものように暮らしていこうとする。

もし。Aさんが小学生の頃、生きるのに10の力を使っていたとして。中学生になったAさんは、身体の変化にもその力をいくらか使う必要が出てきます。

そうすると、生きるのに使える力が少し減ります。それでも、小学生だった頃のように力を使おうとすると、どうしても力が足りなくなるのです。だから、力の使い方を変えてみたり、力の出し方を変えてみたり。やり方を変える時期になっているのだと、わたしは思います。

感情のゆれが強く感じられるのは、身体のせいかもしれない

身体のなかに在る力の使い方が変わるとき。人の心は不安定になる性質を持っています。心が不安定になると、いつもより強く感情のゆれを感じます。不安もたのしさも、どちらも強く感じるようになる。

> なんか浮いてるような感じ

と思ったことも、心の不安定さと関係しているかもしれません。人間は、どこかに安心できる場所を必要とする生き物です。Aさんの近くには、これまで相棒みたいな友達がいたのですね。相棒みたいなといえるくらい、仲のいい友達がこれまではいたのに、今はいない。

あったはずのものが、ない(なくなる)。それは、心に大きな負担をかける出来事。それに、身体も変化している時期にいるから、その負担をいつも以上に感じ取ることになる。

だから、今、不安になるのも仕方のないこと。生きる意味を考えるほどに、心が疲れているのではないかと思いました。

だから。まずはゆっくり、心を休めてくださいね。

心の休め方は2種類

心の休め方は、感情を動かす方法身体を動かす方法の2種類あります。

> わくわくすること、自分が喜ぶことはいっぱいしてます。他にどうしたらいいと思いますか。

Aさんがやってみている「わくわくすること」「自分を喜ぶことをする」。これは、感情を動かして心を休める方法です。

もう一つの方法。身体を動かすことを試すのは、どうでしょう。

ダンスをする、大声で歌う、20分くらい軽くランニングする、など。身体を動かすことで、身体と呼吸のリズムがそろってきます。身体と呼吸のリズムがそろうと、心が休まってくるのです。

瞑想やヨガ、ストレッチも、心を休めるのにいいですよ。

エネルギーの向かい先を考えてみる

心も体も、エネルギーを目いっぱい使っている今。やっていることを整理するのもいいかもしれません。何かをやめたり、やり方を変えて、エネルギーのゆとりを創り出す。

わたしは中学2年生の頃、やりたいことが多すぎて過労で倒れたことがあります。たのしいことしかしていないつもりだったのに、倒れた。何を大事にしたいか。何を手元に残すか、選べなかったから。みんなに、すごいねと言ってもらいたくて、がんばり過ぎたから。わたしは倒れたのかもしれません。

Aさんは、ご自分で「外の期待が重いのかも」という理由に気づいていますよね。倒れてしまう前に、じぶんなりに理由を見つけて、考えてみる力。自分を見つめる力が、Aさんはとても強くて豊かなのだと感じました。

もし、外からの期待がなかったとしたら。Aさんは何をやりたいですか。

Aさんのやりたいことに優先順位をつけてみる。何にエネルギーを向けたいか考える。Aさんがもつ生きる力の使い方を、見直してみてはどうでしょう。

そのとき、ヒントになるのが「うらやましい」という感情です。心理学では、「本来の自分の姿を表に出せていない時」にうらやましいという感情が出ると言います。

だから、Aさんが本来はやりたいと思っているのに、やるのを我慢していることに、うらやましさを感じます。

> 陰キャがうらやましいような

陰キャのどういった部分をうらやましく思いますか?
この質問が、もしかしたら、Aさんが本当はやってみたいことへのヒントになるかもしれませんね。

生きる意味って何?

そして、生きる意味について。これは、わたしにはわかりません。わたしにとっての生きる意味も、まだ「これだ!」とわかっていないから。わたしに、Aさんにとっての生きる意味をわかると思えないのです。ごめんなさい。

けれど、Aさんのご相談文をみて、わたしは、もっと他のことが聞きたいのかなと感じました。「どう生きようか」という未来を見つめている、Aさんの視線を感じました(見当違いだったら、ごめんなさい)。

Aさんは、生きる意味が分かったら、どうしたいですか?どうなると思いますか?
Aさんは、どう生きたいですか?

まだ生きる意味を知りませんが、わたしは40数年たった今も生きています。毎日、食べたいものがあって、読みたい本があり、会いたい誰かがいる。家族や友人と話ができて。それがたのしい、おもしろいと思う、わたしがいる。それが、わたしの生きる意味かもしれないなと、今のわたしは思っています。

生きる意味をわたしが知るのは、わたしが死んだその後。もしかしたら、わたし自身には一生、わからないままかもしれません。

そして「生きる意味」は多くの人が、考え続けていること。人類の課題とでもいう、大きなものです。古い時代の学者さんや宗教家さん、芸術家さんなど。多くの方が「生きる意味」を考えてきました。それでも、まだ。これだ!という確実な答えは見つかっていません。

これだ!という答えが見つからないのは、人それぞれに「生きる意味」が違っているから。自分が好きな理由で生きてみたのでいいのだと思っています。

わたしが好きな生きる意味は、詩人の谷川俊太郎さんの「生きる」という詩です(詩の全文は、リンク先のページの下の方で読めます)。

自由で、手のぬくみが感じられて、ふと思い出せるものがあって。ほんとうに、ささいな今がたくさんあること。こんな風に、生きる意味であれば、あたたかくて素敵だな。

Aさんにとっての、生きる意味が見つかりますように。そして、よりAさんらしく過ごせてゆきますようにと、願っています。

▽ 谷川俊太郎さんの詩「生きる」の全文が読めます(リンク先のページ下の辺り)

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