直感に従って生きてみる!って決めた時に困るのは、今の自分が感じてるコレに従ってもよいものなんだろうかといった迷い。
ぴんっ!と来たからって、それらの全てに無条件に従っていいわけはない。と思っているからこその、疑い。
確かに。ふと湧いて出る直感は、じぶんにとってよきものと悪しきものとがある。
でも、そのよきものとは、今の自分にとっての都合よきもの。
未来にいる自分にとっての、よきものかどうかは、未来のそのときがきて初めて、それとわかる。
だから今、このときに「これは、よき直感なんだろうか、悪しき直感なんだろうか」と。あまり気にしても仕方ないと、今のわたしは思ってる。
そうはいっても、気になるのが人情ってもの。
(わたしも、やっぱり気になるときもある)
『直感』と『思い込み(勘違い方向の)』の見分けが難しいです。
「秒速でピンっ!と来たけど、いやいやこれは私の思い込みかもしれぬ。勘違いかもしれぬ」と、怖がってしまうのです。
「直感とのつきあい方」へのご質問
確かに、見分けるのは難しいよね。わたしも、ピンっ!と来たその瞬間だけで判断するのは難しいと思う。
そんなときは、ちょこっと、試しにやってみよう。直感かもしれぬと思ったものを、試しにやってみればいい。
「でも、そのピンっ!と来ていたのは勘違い方向の思い込みかもしれないよ?」と、考え込んだり怖がったりする気持ちが強い時。それは、その直感が示しているかもしれないものが、自分にとって特に大事なものやジャンルにあたるからかもしれない。
自分にとって特に大事なものや大事なジャンルであればあるほど、「うまくいきたい/成功したい(失敗したくない)/今度こそ決めたい」みたいな期待が強く出やすい。期待が強いから、はじめる前からなんとか結果を見つけられないかと思ってしまう。(はじめる前に結果を知りたくなることも、あっていい。だから、別にそのことを悪く思う必要もなく。そんな風に期待したい自分がいるんだなとわかるだけで、まずは大丈夫)
それほど怖がったり考え込んだりするならば、そこには自分が特に大事にしたい何かがあるのね、と。その事実だけを覚えておこう。
そして、
ピンっ!と来た。もうそれだけで、何かしらの合図があなたにやって来てるってことを、自覚しよう。
ピンっ!を、どう解釈するかは、あなた次第。
その解釈のヒントは【自分自身の感じているようす】。それも、そのときどき瞬間に感じてることを細やかに観察してみたい。
例えば、コメントにいただいたように。「『秒速でピンっ!と来たけど、いやいやこれは私の思い込みかもしれぬ。勘違いかもしれぬ』と、怖がってしまう」のであれば、これは2つまたは3つの瞬間に分けられる。
ピンっ!と来た、その瞬間のようす。
そのあとで、何を思ったか。そして、怖がっているようす。
だから、まずは「ピンっ!と来た、その瞬間のとき」の自分の感じをよく観察してみる。
ピンっ!と来た、その瞬間のとき。
あなたはどきどきした? ぞっとした? あったかくなった?
たのしそうな気がした? 怖くなった?
……どんな感じがした?
そして、その後に「いやいや、これは思い込みかもしれぬ、勘違いかもしれぬ」と怖がる思考がわいてきてるのです。決して、1つのかたまりで湧いてるのではない。
([ピンっ!]+[思い込みかも、勘違いかも]+[怖くなる]、式のように表すならこんな感じ)
どうして、思い込みかもしれぬ、勘違いかもしれぬと思った?
もし思い込みだった、勘違いだったら、何に困る?
もし思い込みや勘違いでなければ、どんなことがおきそう?
怖がる気持ち。それは、なぜ?
どんな怖いことが起こりそうな気がする??
そうやって、分解して、観察してみながらも、「ピンっ!と来た」ものを試しにやってみるかどうかを選ぶ。そして、やってみるならやってみる。試してみる。
試してみれば、「ああ、こんな風なのか」としっくりくる感じになることもあれば、「なんか違うね」と違和感おぼえることもある。その「直感」が自分にとって、どんな意味を持っていたのか。結果が見えてくる。
*
直感なのか。(勘違いの)思い込みなのか。ピンっ!と来た、その瞬間だけでは判断がつかない。
だって「ピンっ!と来た」のは確かだから。
自分が受け取ったその「ピンっ!」をなかったことにしない。
直感でも、勘違いでも、いいじゃない。だって、ピンっ!と来た信号は、確かに自分が受け取ったのだから。
そこから、信号を観察、解析しつつ、何かを試しにやってみる。
ピンっ!と来て、その瞬間にどんな感じがしたのか。
自分の感じていた感覚を観察して、そのうえで何をやってみるかを決めて、試しにやってみる。
そして、試したものがどんな結果になったか(どんな結果になりそうか)がわかったときに、やっと。あのときの「ピンっ!」とが、どんな種類の信号であったのかの想像がつく。……ここまでで、ピンっ!の信号の結果の事例が1つ、手に入った状態。
こうやって、「ピンっ!」の信号を、自分でよく観察して、解析して、あれこれしつつ。事例がどんどん増えるにつれて、直感がより精度のよい直観に育ってゆく。
……とまあ、ことばにすると、ものすごく難しいことをやってるみたいに見えるけど。ほんとは、もっと「ぴ! ピンっ! は!」みたいな、簡単でするっと、いつのまにか出来てるし、やっていることだとわたしは思うのです。
だって、考えてみて。呼吸の仕方を、ことばにしたら、きっとものすごいことになると思うの。
「まずは、息を吸って。そうすると、口からのどに向けて空気が通って、肺が膨らんで。血液の中に酸素が供給されて……」
ね? わけわからん、ことばの並ぶ文章になってしまうでしょう?
でも、みんな、呼吸しなきゃ!と思わなくても、ふわっと呼吸できてしまっているよね??
だから、きっと直感も、そんな風。
ことばにしよう、理解しようとし過ぎるから。
これは思い込みなんだろか、直感だろうかと、考えようとし過ぎるから。
一時的に混乱してるんじゃないかと思ってる。
だって、ピンっ!ときたのは事実だから。
そのピンっ!との感触と、今の自分の気持ちとでおはなししあって、自分がどうするのかを決めていくだけ。
ヒトの皮膚感触や気配察知能力は、かなり優秀だから。しゃんと気配を感じて、いつも直感を生きられてるのだと思ってる。
直感と思い込みの見分け方。そこへ意識を向けすぎなくていいんじゃなかろうか。だって、ピンっ!と来たその瞬間だけではわからない(わかりづらい)のだから。
それよりもっと、自分の内の気配にびんかんでいよう。外と内とで、出入りし共鳴してる気配の様子を、もっと観察して実感しよう。
身体とこころの「感じる」を、自分がよく知っていけば、いつのまにか。直感は、匂いを知る嗅覚のように、音を聴く聴覚のように、見えない世界を感じ取るための日常づかいの感覚になってる。
そうしたら、きっと。直感と思い込みの見分け方は、気にならなくなる。
そんな、毎日。ちょっと、おもしろそうよね。
それでは、またね
田村洋子でした
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