じぶんを励ましてくれる記憶があると、もう一歩、進んでいける。

桜が咲いている間は、そわそわと、桜の木ばかりを気にしている。自然、目の向く先は木の上、空の方へと向かう。

風に桜の花びらが混じるようになり、その行方を追いかけて地面へも目が向くようになった。足元で緑濃く色鮮やかに開いている花に気づいた。

どの花もうまくできている。中心から外へ向けて広がる形。中央に伸びる芯。細やかに、それぞれの役目を持っている形。

赤ちゃんの手についている、小さくてやわらかな爪を眺めた時のような、生物への恐れ、畏敬の念を覚える。そして、小さくても細やかで美しい。

これほどに生物の形はうまくできているのだから、ヒトもきっとうまくできているはず。だから、よくわからないけれど、ヒトもきっと大丈夫。ヒトが大丈夫なのだから、たぶん、わたしも大丈夫。

新しく始めるモノコトに希望も不安も抱えたままで、それでも。たぶん、大丈夫。

しゅしゅしゅと広がる形を見たら、自分もしゅしゅしゅと拡がっていけるような気分。また、ひとつずつ、はじめる。

花や星や、景色を見て、その美しさに胸がきゅうっと動くときに、ときおり思い出す言葉がある。

「人を嫌いになるかもしれないことが不安になったら、虫や花や星を見ましょう。天のかみさまが作っている形を美しいと思えれば、人を美しいと思えるはずだから大丈夫です」

小学生の頃、学校にどうしても馴染みづらくて。保健室滞在や学校内徘徊をしていた小学生の私に、恩師がかけてくれた言葉だ。

その頃は実感として意味がわからなかったけれど、大人になってようやく腑に落ちた。

人を憎もうとしても、その美しさを覚えている限り、心底からは憎めない。
だから、きっと。いずれ大丈夫になる。

黄色い花を見つけた日。ツイッターのなかから、ぽこんと飛び込んできた詩(の一部)は、あの恩師が好んで口にしていた詩だった。

光が射してきたら
わたしの祈りが
始まったと思い
一緒に祈ってください

虹がかかったら
あなたに会いたくて
渡ってくると思い
じっと見つめてください

タンポポが咲いていたら
こよなくこの花を愛する
わたしのことを思い
足をとめてください

詩人坂村真民の詩の一節より。坂村真民bot

どこにいても、何をしていても。「天のかみさま(何か大きな存在)」は、こんな風にしてそばにきてくれているのだと、この詩を口にしながら教えてくれた。

本当は、別の意味で読み解かれることの多い詩なのだけれど、あのときの恩師はそんな風に解釈して、伝えてくれていた。あの時の小さな私を、励まそうとしてくれていたのだと思う。

久しぶりに、この詩のことを思い出した。

この詩を、この前に思い出したのは、離婚届を出した後の30歳を少し過ぎた頃のわたし。

市役所の近くの河川敷でぼんやりと「結婚がこれで終わったのか」と座っていた。
あの時も、目の前で、黄色い花がいくつか揺れていた。その黄色を見て、あの恩師の声を思い出した。

「人は誰も見てくれていなくても、天は必ず見てくれているから。きっと、後になってよかったなと思えることがありますよ」

今は離婚したばかりで、ぼんやりと力が抜けているけれど、きっと大丈夫。これで良かったと思えるときが来る。
だから、はじめよう。きっと大丈夫。

顔を上げて遠くをながめて。また足元で黄色く揺れる花を見る。

この花は実って、空を飛ぶ。綿毛になって、風に乗り、遠くへと飛んでいく。

だから自分も、この花みたいに。
いずれ実って、伸び上がる。人の助けを借りて、遠くへと飛んでいく。
たぶん、そうなれるから、きっと大丈夫。

そうして、立ち上がった離婚のあとから、15年ほど時間が過ぎて。今はいろいろ大丈夫になっている。大丈夫どころか、思っていた以上に「自分そのもの」に戻れている。

この詩を思い出し、恩師の声を思い出せたから、今度もきっと大丈夫。
頑張ってみよう。

自分が思いつく限りのことをして、やったぞと思えるくらいに、頑張ってみよう。

そんな風に人を励ましてくれる記憶が、きっと、景色のどこかで待っている。
待ってくれている景色を「支え」に変えて。

周りに居てくれる人たちの声や顔に励まされながら、じぶんを「はじめる」。じぶんを生きる。


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