父への感謝は書けないけれど、それもまたよし

「お母さん」に意識は向くけど、「お父さん」に意識して向くことが少ないようだ。それは、今も存命なのが母だけだからか、父とは4歳で死別したからなのか。

「母親への感謝を思い出すように、父親への感謝を思い出してみよう」。これをはじめたのはお弟子さんな宿題で「父、母に感謝できることを見つける(それぞれ20個以上)」があったから。

母親のことはあれこれと、現在進行形で思うこともあるからか、感謝の気持ちを書いていくことができる。でも、父親については数個書いただけで手が止まる。でも数個は書けたことに安心もする。一緒に過ごせたのは0歳からの数年だけれど、その父親への感謝が数個書けた。これは多いのだろうか。

お父さんは大好きだ。ファザコンの自覚はある。だからか、祖父たちも、おじたちも、職場のおじいちゃんズも好きだ。だからなのか、父親への感謝を書き始めると、祖父やおじ、上司たちへの感謝へとすり替わっていく。父親その人についての感謝の気持ちを書くことにならない。

うーん、困った。

困ったと言いつつ、それほど悩んでもおらず、そんなものかとあきらめてるところもある。だって祖父たちなどへの感謝がこれだけ書けるということは、隠れた部分に父親の存在がかなり大きいのだと思えるから。父親への感謝という形で書き出すことができない今を「こんな感じなのね」とゆるく受け止めている。

このゆるさが、自分軸で過ごせている状態かとおもうと、今につながる過去の部分を作ってきた自分とその経験をおもいっきりハグしたい。

でも、父親へ感謝できることを20個以上、書ききってみたいな。

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